ともあれ、私たちの国は、年中正月みたいにして過ごす不景気な世の中よりは、盆も正月も無く遮二無二働く暮らしの方がありがたいと考える人間が多数派を占めている社会で、だからこそ、われわれは、紅白出場歌手みたいなテンションで1年を頑張り切っている。

 あのせわしない紅白を見て、
「よし、来年もがんばろう」
 と思うタイプの人たちがこの国を支えている。
 おそらく、そういうことなのだと思う。

 私個人は、紅白への出場を辞退したSMAPの面々の決断を支持する。
 オンリーワンであるためには、その前にまずロンリーワンである覚悟を持たなければならない。まあ、私見だが。

日経ビジネスオンラインは、実は隅っこも充実しています。
今年もニッチな読者の皆様のため、本欄を初め愉快な記事を掲載します。

 全国のオダジマファンの皆様、お待たせいたしました。『超・反知性主義入門』以来約1年ぶりに、小田嶋さんの新刊『ザ、コラム』が晶文社より発売になりました。以下、晶文社の担当編集の方からのご説明です。(Y)

 安倍政権の暴走ぶりについて大新聞の論壇面で取材を受けたりと、まっとうでリベラルな識者として引っ張り出されることが目立つ近年の小田嶋さんですが、良識派の人々が眉をひそめる不埒で危ないコラムにこそ小田嶋さん本来の持ち味がある、ということは長年のオダジマファンのみなさんならご存知のはず。

 そんなヤバいコラムをもっと読みたい!という声にお応えして、小田嶋さんがこの約十年で書かれたコラムの中から「これは!」と思うものを発掘してもらい、1冊にまとめたのが本書です。リミッターをはずした小田嶋さんのダークサイドの魅力がたっぷり詰まったコラムの金字塔。なんの役にも立ちませんが、おもしろいことだけは請け合い。よろしくお願いいたします。(晶文社編集部 A藤)

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過去のコメント
  • インターネットに慣れてしまい、多くのサービスが無料であることに疑問を抱かず、不満ばかりを感じながら、労働の奴隷化には漠然とした不安を感じている自分の2つの感情は、社会というマナ板の上では表裏一体なのであった。
    目から鱗のコラムに感謝します。

    と、無料で楽しませていただいた、せめてものお返しにコメントしてみました。(^^)/

  • 言われてみれば、子どもの頃のお正月はもっと長かった。
    近所の人気スーパーが29〜3日まで営業しないと聞いて、すごいなぁと経営方針に感心したけれど……
    そういえば昔は普通のことだった。

    「出版の世界の正月」
    ネットニュースの配信は、休みなしですね。
    事前に記事を配信予約して人員は減らしても、ゼロにはできない。
    逆にここを穴場として、こたつ記事をすぐ書けと使われるライターが増えている気がします。

  • 紅白は、日曜日の朝のTV番組と同じで、誰もちゃんと見ていないのに、視聴率だけは出る不思議な番組です。 SMAPについては興味がないので出ても出なくても良いです。売れない花をオンリーワンと言って価値を吊り上げようとする花屋の宣伝歌(結局売れずに枯れてしまう物が大半)は嫌いですし。

    隙間があると埋めたくなるというおせち理論は納得です。
    「紅白止める!7時半から11時45分は放送も止める!」「正月三が日も臨時ニュース以外放送しない」とやってほしかったな籾井さん。 日曜と月曜の朝刊は刷らないとしてほしいな岡田さん。 

  • あの歌がヒットした頃から、オンリーワンになりたかったらまずはナンバーワンになれよと言われてましたね。
    自称オンリーワンには何の意味もないですから。

  • みなさん、今年も紅白はつまらなかったですか?私は今年も楽しめました。
    だって、日本を代表するような有名人がたくさん出ている。そして、豪華な舞台で繰り広げられる突っ込みどころ満載の歌謡ショーですよ。優秀なスタッフたちが構想に構想を重ねた重厚なグダグダ感。この最高最新のエンターテイメントを国民の40%で共有できている。なんとも贅沢な時間でした。皮肉ではありません。本心です。だって、昔の紅白だって、今聞けば技能的には下手くそばかりだったし。ただ、その時代の持つ説得力はありましたけど。

  • 新年から文句を言うより、みんなの便利さのために働いてくれている人に感謝をすべきである、というコメント欄のご意見は本当にもっともだと思う。

    文句をつけるのは誰でもできるが、行動し人の役に立つことは誰にでもできるわけではない。たとえそれが仕事であっても尊さに変わりはない。

    また紅白とおせちを比較するのは理に適っていない。おせちの本質は保存食だが紅白は違う。おせちの味は単に食材と調理次第であるが紅白は食材を選ぶことができない。

    30年来の小田嶋さんのコラム愛読者だが、内容への不満が増えてきたのは小田嶋さんの筆致が衰えたからか、あるいは自分が頑迷固陋な老人になりつつあるからかはよくわからない。

    せめて感謝の気持ちは大切にしたいと思う。

  • 日本も正月は休んだほうがいい。元旦から初売りだけはやめたほうがいい。元旦は休むべきだ。
    アメリカでは、休日は元旦だけでなのである。二日から通常業務だ。大晦日に夜遅くまでパーティをし、カウントダウンを楽しみ、二日酔いで元旦はお休み。二日から普段通りであった。
    アメリカに住んでいた時に日本から、三が日は穏やかな天気です。正月はいかがお過ごしですか?というような年賀メールが来たが、こちらは二日からバリバリ働いています。と返事をした。その分、アメリカではクリスマス休暇があったが、、、、
    日本も元旦だけは休みましょう。「正月休みが長い場合、アメリカ旅行に行くとよい。アメリカでは長期休暇はないので、アメリカ人の観光客は少ない」

  • 今回のコメント欄は「何もしない幸せを忘れてしまった」と「オンリーワンであるためには、その前にまずロンリーワンである覚悟を持たなければならない」の2つが光っております。(偉そう)
    ただ残念なのは、この2つを同時に満たすことができない事でしょうか。
    「何もしない幸せ」を求めるなら「ロンリーワン」ではいられません。
    イワシの如く群れを成して、その中に埋没しなければなりませんから。

  • 正月早々、ブツブツ言ってもね(笑)何にでもケチつけるより、何にでも感謝している方が、人生シアワセですから。休みでも不便なく生活できるのは、休み中に工場や機械をメンテナンスして支障なきようにしてくれてる人がいるから。スーパーやコンビニでいつも通りの物が買えるのは、どこかの業者が働いてくれてるから。私の弟は郵便局長だったから、お正月は年賀状の配達の出発式やイベントを毎年取り仕切り、家族とお正月を過ごせたのは定年退職後でした。交通機関や医療機関もそうですね。休める人がいるから、休めない人がいるから、あぁだこうだと言う意見がはびこる昨今、文句言う一歩手前で自分自身がどれほど社会の役に立ってるか、振り返ってみてはどうかな。

  • コラムを毎週楽しみにしています。そして、コメント欄を読むのも楽しみしています。
    コメントを寄せられる方々も中々の文達者揃いでコラム記事が数倍膨らんで楽しめます。

    小田嶋さま、コメントを寄せられる常連の皆様、そして担当編集者さま
    いつもありがとうございます。本年もよろしくです。

  • 小田嶋さんと同じ年代の私も、小学生の頃、お正月休みは暇だった記憶がありますが、それ以上に夏休みのほうが退屈でたまらなかった記憶があります。
    でもおせちは美味しくて、楽しみだったな。特に栗きんとんと玉子焼きが楽しみだった。

    紅白歌合戦は、昔はその年に流行ってしかも知っている歌を楽しんでいたのですが、そのうち歌をあまり聞かなくなったので、どんな歌が流行っているのかチェックする楽しみに変わりました。
    でも、最近はデビュー曲やカバー曲が増えて、それも出来ない感じで興味が薄れています。

  • おせちも美味しいし、紅白もワイワイツッコミながら家族揃ってみてましたけどね。
    ひねくれが拗れすぎですか。

  • 紅白の劣化乃至質的変化を象徴するのは、AKB48に代表される「こども大集団」の陸続たる登場だ。歌手個人個人の個性はかすれて、無視されるに近い。団体での登場もせいぜい6人までのグループに制限しないと、歌手ではなく、騒音発声集団に成り下がるのがオチだ。小田嶋氏の紅白・おせち料理対比論は実によく分かるが、来年の紅白では、いっそ、開会挨拶をNHK会長にヤラせ、閉会の挨拶をリオ五輪のスーパーマリオ君にヤラせてはどうか?視聴率は下がるだろうが、新年の参拝者が明治神宮から靖国にシフトする可能性は少しある。

  • 小田嶋様は今年も人気のようですね。批判、賛同あれど正月早々これだけのコメント、しかも今回は文字数が多い。小生今年で73歳ですが久しぶりのコメントです。年末は紅白面白くなさそうだからウイーンフィル、正月は天気がよく初詣でついでのウオーキング14,5km。そろそろ日本も正月ぐらいお店は休みにしたらどうでしょう。政治家は相変わらず過労死、長時間労働なくすと言いながら未だに実現できない。法制化しない限りできない事がわかっているのに法律を作ろうとしない民進党、自民党、共産党。ヨーロッパはとっくの昔に法制化されている。日本は神の国だから正月は買い物しないといけないのか?フランスに住んでいる日本人が言っていたが、日本人はもう少しサービスに完璧さを求めなくていいのではないか?このことが働きすぎの一因になっているのではないかと。もう少しゆる~く生きたほうがいいのではないでしょうか。正月だけでなく普段も。

  • 年賀状については会社内外の儀礼廃止と、最近は特に個人情報保護で自宅住所を聞き出すことが困難になって送らないのですよ。
    気にする人ならもらった年賀状も捨てるときにそのままゴミの収集所に出せませんから。

  • 毎度感じますが、こんなに文字数を費やすほどのコラムでもないような気がするのですが。
    正月の短さや紅白の重箱化など今に始まったことでもないし(今年は特にひどかったが)、ありきたりの分析など日本中の茶の間で会話されてただろうし。
    もっと簡潔で俄評論家の読者も目の醒める思いきりワサビの効いたコラムを期待します。

  • たまには小田嶋を良い事を言う。
    世の中が効率一辺倒になった結果が今の状況。
    全員が主人であり全員が奴隷の世界。
    何もかもに余裕が無くなってイザという時の動員が利かない。
    こういう話は他でも起きている。
    自動車なんかはその冴えたるもの。
    もの凄く便利だけれど、物凄くつまらなくて物凄く陳腐で、何故か高い。
    何処かでパラダイムシフトが起きる希ガス・・・

  • 実はここ最近の紅白は「メガヒットコンテンツに全力で乗っかる」ことに活路を見い出し、視聴率も人気も盛り返してきてたんですよ。
    あまちゃんコーナーや妖怪紅白、アナ雪メドレーなど。

    たぶんそこの枠を今年はスマップで乗り切ろうと考え、アテが外れた、というのが真相だと思います。
    たぶん視聴者的には君の名は。コーナーとか、大人数で恋ダンス、的なのを期待してたんだろうけど、下半期の流行に関しては調整が難しいですからね。
    まあ何とも煮え切らない紅白でした。

  • そもそも紅白歌合戦とは、”1年間の世相を歌を通して思い返す”という番組だと思っていました。少なくとも、私が幼少の頃の昭和40年代までは、そうのような主旨で番組が構成されていたと思います。紅白が面白くなくなったのは、世相を表象するような曲が無くなった事が原因で、結局、国民の為の番組ということで、投票で聴きたい曲の多数決を行って曲目を選定する方式に落ち着いたのだと思っています。従って、現在の紅白は、決しておせち料理には似ていないと思います。出演歌手の高揚した表情を観ると、寧ろ、選挙の当選議員の演説やインタビューに近いものを感じます。

  • 正月といえば『人生ゲーム』だ。懐かしい。

  • 工業製品も多品種小ロット生産の時代です。

    そんな今日でも紅白を続けたいのならば、NHKが抑えているTV放送用の電波(地上波2波、衛星波2波)を上手く使い分けてはどうでしょうか。
    例えば、NHK総合では家族向けを、Eテレでは年寄り向けを、BS1では若者向けを、BS2ではキワモノ系やネタや小芝居を、てな感じで同時並行で放映するってな感じ。
    内容的には事前に収録した録画放送で十分でしょうしね。

    ・・・・とか書きながら気づいたのは「多品種小ロットな番組ならネット配信でいいじゃん」ってことでした(大笑)

  • 経済、いや資本主義経済の宿命である需要が飽和状態にあり、新規需要喚起・新規需要創出のため、新たな(過剰)サービスに委ねずば競争優位になれない事が本質的にあると思う。
    紅白は観ているこちらが何度もハラハラ・赤面してしまうほどのデキで、郷ひろみ「言えないよ」歌う直前突如客席から出た平野ノラと、PPAP替え歌武田真一アナが秀逸でしたwww

  • 自営業者には年賀状は必須。こんなに安価で便利で、しかも送りつけても迷惑がられない営業ツールは他にはなかなかないです。
    客商売している人で年賀状を出さないでよい人、というのはよっぽど余裕があるのだな、と思っております。

    逆に、普段から同じ場所で顔を突き合わせている人同士だとそりゃ要らんでしょうね。


    紅白は見ませんでした、というより、地上波をまったくみずに過ごした大晦日(だけではなく元日を挟んだ1週間、地上波はほぼ見なかった。いや、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートだけは見たっけ)でした。
    総花的な造りというか、そういう造りになる構造について解説されてますが、結局何を見せたくてそれにはなにを組み合わせてどういった最終物を作るべきか、という指針を示せる人がもう現場にはいないのではないでしょうかね。だからごった煮というか、ただいろんな要素を集めて脈略なく詰め合わせただけのものができると。全方位的に作っとけば、とりあえず「これが入ってない」という指摘を受けるリスクもなくなりますし。
    こういう社会を作るのだ、というビジョンを示せる人がほとんどいないというこの国の現状を、紅白もまたそのまま現しているのだと思います。

  • 何もしない幸せを忘れてしまったのでしょうね。紅白歌合戦は、出演希望者の入札制にしたらどうでしょうか。出たい人が金を払って時間を買う。プロ歌手に限る。すると、演歌中心となり、視聴率が落ち、入札価格が下がり、売れない歌手が出て、益々視聴率が下がり、無意味な番組になるだけか。ならば、事務所に枠を売る。今他の番組でやっていることか。テレビ局が金を払って支配されるという変な構図。大晦日の3時間ほど、視聴者が出て欲しいと思う歌手を投票で決めて、唯ひたすら歌うだけの番組でいいんじゃないの。

  • スーパーやコンビニが元日も休まず営業する、という社会のあり方が、あの無駄にいろいろ詰め込まれた紅白と通じているという分析はなるほどと思いました。
    ちなみにいまどきのおせち(通販購入)は、「元日中に食べきってください」という注意書きが付いています。これも、正月は元日だけ、という社会のありようを反映しているようですね。そのおかげか、無駄なしょっぱさは影をひそめ、おいしくいただけますが。
    個人的には小学生だった30年前を思い出してもそんなに退屈でしにそうな思いをした記憶はないので、3が日ぐらい何も稼動していない社会に戻ってもいいのではないか、とは思っています。

  • 昔の正月は一時的に経済が空白になり労働者が休めていたから良かった、と言うよりは、普段休めないので、そういう一斉に休む機会を設けざるを得なかった、ということなんだと思います。

    つまり、「下僕」であったのは、今も昔も同じなんです。問題は、下僕のままで、24時間365日便利な世界にしてしまったので、下僕が辛くなってきた。

    ですから、便利さがいけないのではなく、下僕であることがいけないのです。普段から休める体制に移行すべきですね。

  • 何が正月を変えたか。私はネットだと思います。
    昔、父親がやりとりしていた年賀状は400枚を下回らなかった。しかし、その年代になった私は50枚程度、後はすべてネットで済ませる。20代の子供たちは1枚も書かない。
    夫婦で年初のデパートセールに行ってみたものの大混雑に辟易、娘からはそんなところに行かなくてもネットで十分よ、と。
    紅白だって4時間もぶっ通しで見るのは時間のムダ、後で話題になったシーンだけネットで検索するのが効率的。
    極めつけは、正月もお構いなしに仕事のメールが来ておとそ気分は吹っ飛んだ。プライベートと仕事との境界なんていつからか有名無実、これが過労死問題の本当の原因ではあるまいか。
    とこのように考えておりますが、ロンリーワンとは至極名言、ネットから離れることも大事だと思った次第です。

  • 紅白に関しては、色々意見があるにしても、
    40%という高視聴率を稼いでいるのだから、大したもんだ。
    ああいう番組があっても、いいと思う。

    タモリ・マツコの小芝居とか、
    恋ダンスの審査員席踊りとか、
    PPAPピコ太郎の奮闘とか、
    コジラを退治すべきは誰とか、賛否両論だが、
    本当にくだらなければ、議論にもならない。
    色々工夫しながら、来年も、がんばってください。

  • 紅白がつまらなくなった理由、これは選考基準の不透明さが視聴者離れを招いた要因があると考えます。紅白と並んで大晦日の風物詩であった○コード大賞、これも売上やレコード(数値)に依らない恣意的(例えば恒常化した裏金疑惑とか)要素が年々露呈し賞の権威も失墜、すっかり総合格闘技や、絶対に笑ってはいけない…に大きく水をあけられもはや大晦日からは完全にドロップアウト.同じではありませんが、紅白はいわゆる「世論調査」の要素が不信感・不透明感を助長していると思います。
    結果、序盤の若年視聴者に配慮した序盤は、中高年には「今の歌は全然分からない」と、早々に床に付かれてしまうし、序盤で楽しんだ若者達も中盤にさしかかると「なんでこんな演歌、懐メロばっかりなの?何で○○が出れて、○○はあんだけ売れたのに出られないんだよ、おかしいよ」が始まる。
    まあ、長寿社会に突入した日本においても、中高年のニーズを汲まなきゃ番組も成り立たないのかも知れませんが。
    例えば近年のヒットチャートを賑わしているのはアニソンや声優さん達がリリースする曲が結構な幅を占めている訳ですが、紅白選考の中心的なNHKのプロデューサーは「紅白へのアニソン枠は一組」と独自の保守的な基準を頑なに押し付ける。だから視聴者繋ぎ止めのためのしょーもないコントも必要だし、他人の曲を歌わせ出場歌手の歌唱力を試すようなイジメのみたいなメドレーも挟まなくちゃいけない。
    その年のヒット曲以外は出すな、とは言いませんが、その年の代表曲が充分に選考もされず、あまつさえ年忘れで笑うという目的ならば、あり得ないような大物俳優にとんでもない三枚目を演じさせ、ダウンタウン他出演者の苦悶の表情で笑う用意をしていた方が期待は外されにくいし実績もあるし、数段面白い。
    昨年「違法性はないが不適切」との実態が露呈し納税者の怒りを買い辞任した知事がいましたが、同じ様に紅白についても「我々の受信料で何訳のわからん選考をしとるねん!」と私は思います。
    楽曲としては日本を代表するレジェンド級の歌と認めますが、もう津軽海峡と天城越えのローテーションは不要じゃないかなあ…

  • 紅白を10年以上、いや少なくとも15年は見ていないので、何を言っているのかよくわからない。
    ただ、オダジマ氏が子供のころからおせちが嫌いなのだけはわかった。
    おせちとはおいしいものを追求してはいない。小生が子供のころは、年末に作り置きして、お母さんが正月にはいろいろ手の込んだ料理をしなくていいというものだと思っていた。
    また、紅白で言えば、昔は子供でも演歌歌手のヒット曲くらい、どこかで耳にしたものだが、現在は個別化の時代で、アイドルの歌しか聞かない若者は、ロック歌手の歌は知らないし、アニソンのファンは一般のヒット曲などに興味がない。年代によるヒット曲の断絶だけでなく、若者でも好みが多様化し、自分の趣味以外の曲に全く興味を示さない。だから、ヒット曲が出ないのだし、AKBみたいなグリコのおまけ式の売り方しか通用しないのだ。そんなに時代に、家族が年末にそろって見る紅白など、存在できるはずはなく、万人につまらなくなるのはどうしようもない。
    だれかに面白く作れば、他の層は紅白を見なくなる。極言すれば、万人につまらないから、紅白だということになる。つまらないと言いながら、毎年紅白を見る人は、NHKの罠にはまっているのだ。

  •  小田嶋さんとは同世代のせいか共感する部分が多い。若い頃の正月は退屈だったが、今ではその退屈さを懐かしむようになった。
     ひとつ違和感は、おせちと紅白のアナロジー。元々おせちは女性が料理に煩わされずゆっくり正月を過ごすためのものだったはず。まあ、今どきおせちなど作っていられるのはリッチな人間だろうし、忙しいとき表面だけ繕うやっつけ仕事という意味では現代そのものか。紅白も今はもう見ないが昔は紅勝て白勝て長閑にやっていたわけで、その変り様はデパートで買ってくるおせちと似ているのかもしれない。
     偏執的なサービス過剰の思想が自分の首を締めているというのもその通りだと思う。アマゾンの配達など見てもそこまでやる必要はなかろうとも思うが、時間通りに届かないと怒鳴る人間の方が多いというのもまた現実なのだろう。規制緩和で運送業は人手不足だというが些細なサービスと引き換えにいったい誰が儲けているのだろうか。
     便利さは一種の麻薬のようなもので、便利なシステムへの依存を裁つのは難しい。脳内物質を充満させて常に頭を躁状態にしておくのが今の経済の常套手段。これではカジノ資本主義もポスト真実もムベなるかな。絶え間ない欲望の刺激で身体はボロボロ、頭だけ空回りしている。糖尿病にでもならないうちにまともに身体を動かした方がよさそうだ。

  • 色々と感想はありますが一言だけ。
    おせちは美味しいです!
    昨今、おせちは美味しくないから正月のおせちを省略する風潮がありますが噴飯ものです。
    おせちは美味しいです!
    おせちがあるから、雑煮も美味しいし、七草粥も美味しいのです。
    とはいえ、我が家もおせちは元旦くらいしか食さなくなりました。

    奇しくも元旦の実家詣での車中で家族とコラムのような話しをしました。
    結論としては「10年後の世の中は、元旦に休める人が勝ち組」に決定しました。
    本年もよろしくお願いします。

  • サービスとサーバントの下りに共感。
    昨今、ブラック企業という言葉が騒がれているが、ブラック企業を生み出したのは、過剰なサービスを求める大衆、すなわち、あそこはブラックだなどと騒いでる連中自身なのではないだろうか。

  • 小田嶋氏に同感。ついでに、年賀状もやめたい。以前は年末に投函していたが、ここ2年連続で自分に届いた年賀状の返信のみの消極的廃止姿勢に転じている。来年はいよいよ、年賀状を頂いても返信しないという積極的廃止姿勢に転じようかと思案している。

  • 小田嶋さんの新年記事は素晴らしい! 久しぶりに褒め千切ります。
    「オンリーワンであるためには、その前にまずロンリーワンである覚悟を持たなければならない」という名言は今年の流行語大賞になるかもしれませんが、発表時期が悪いので残念です。仮に大賞にならなくても、この名言は日本の若者に強く訴えることでしょう。
    ところで「おせちと紅白がイマイチなわけ」は、両者とも日常生活において満腹、飽食の状態にあるからだと思います。かって、それほど豊かなではなかった日本の家庭では「紅白」と「おせち」が年末年始の最高の御馳走だったので、多くの人々が楽しみにして待ちわびたのです。
    マスコミも含めて「おせちと紅白」に群がる人々は、ロンリーワンである覚悟を持たずに、絆(疎外感を消し去りたい心理によるもの)などを求めて迎合しているだけでしょう。伝統は変化していくものですが、このような行事に執拗に拘泥する高齢者とマスコミ(とくにNHK)が幅を利かせている間は無理でしょう。20~30年後には大きく変わっており、日本人の生活環境も大きく変容しているはずです。

  • 恐ろしくクダラナイコラムでしたが、言っていることには全面的に賛同します。
    昭和の正月は本当に何もなくダラダラと休んでいました。店はやってないし、友達には会えないし、酔っ払いの親戚にクダラナイ質問されて小中学生には退屈な時間でした。お年玉だけが唯一の楽しみでした。ということを中学生の時に作文で書いて、先生から「ぞんざいな悪文である」と評価されました。
    紅白は昭和の頃からつまらなかったと思います。今は演歌が減って幾分マシになったかなと感じますが、見たい歌手の部分以外はガキの使いを見てます。
    社会の閉塞感などということは先の見えない時代と同じ意味で、どちらも紀元前から同じことが言われ続けてると思います。
    それにしてもクダラナイコラムでした。

  • 「ああいう出来物に落着した」成果物に対して言いたい人は多いでしょうね。ええ、ワタシもそうです。
    ホールにその年に活躍した人気者を一堂に並べるからこその生番組であり、海外の大物外タレをちょこっと国際中継ではさみ、ホールという現場にいないタレントをちょくちょく中継で呼ぶのなら、あんなガサツな生放送である意味がありません。録画番組でよいのでもっと正視に堪えうるものを求めます。
    一年の締めに国民が観せられるのがアレでは、損失はある意味国家的レベルかと。っていうか、アレにも安からぬ月々の受信料が使われているかと思うと、放送法の改正を強く求めたくなりますな。
    ちなみに、出版社や、ましては放送やネットと違い、印刷は工場なので正月は休みますよ。TOYOTAだってSONYだって、正月は工場を停止させるでしょう?インフラやサービス産業やコラムニストとかと違って、実業はそんなもんです。実業でない金融ですら三が日だけは休みますし。コンビニやスーパー向けの食品加工業ぐらいじゃないですか?正月でも稼動させている工場って。

  • いまさら…な話でしたが、新年最初の会社でのスピーチに
    流用させていただきました。ありがとうございました。

  • 紅白も含め、今はもうTVはヒマでヒマでTVを観ることしかできない(金が無かったり病気で動けなかったりで)老人たちの為に作られているんだそうで、そうしてみると「小芝居でも打たないと間が持たない時代」になったのでしょうね。 言えば、今TVで音楽を出しているに際し「娯楽としての音楽」はTVから消えて完全に販促のための場と化した(フルバージョンは歌われなくなって久しい)あたりからTVの音楽番組は観なくなったなぁ。 紅白すら「受信料」の販促のために作られているんだとしたら面白くなくなったのもむべなるかな・・・

  • ほぼ同じ世代だから共感できた
    正月が正月らしくない、紅白も面白くないからずっと観ていない、
    ここ数年はNHK-FMラジオマンジャック年末年始SPを聴いてる。

    正月が正月らしくない理由は、年末年始でも多くの人が働いてるからだと思う。
    正月三が日は、必要最小限以外は休みにする法律を作ればいい。

    紅白が面白くないのも当然、いつまであんな古臭いやり方を続けるつもりだろう。
    伝統という名にあぐらをかきすぎ。

  • 大昔、母親がおせち料理を作ったが、冷たくて、まずくて、とても食べられたもんじゃなくて、暖かいカップラーメンを食べたい、と心底思った(ま、今は美味しいおせちがいっぱいあるが)。紅白、まあ、いいんじゃない?と思う。毒にも薬にもならない番組で、1年を終えるのも、悪くない。

  • ウチの父親は、件の紅白を見ながら終始、何をやってるんだか分からない、面白くない、ちゃんとした歌を歌え!とか、ブツブツブツブツTVに向かって文句を言い続けていたが、その父親の介護をしている者からしたら、正月なんて本当に無くて良いものだ、無くなってしまえと、コレはもう毎年毎年本気でそう思う。
    自分は、恐らくは一般の会社員と同じように、年末29日~正月三が日を休みにした者だが、年末は大掃除をしなければならない、年が明けたら餅だのおせちだの買い込んで、それなりに工夫しないと、ウチの年寄りは正月はかくあるべし的な観念がなかなか抜けない人なので、一々大変な思いをさせられる。基本的に寒くて陽気が悪いから家に居ることが多くなって食ってばかりになるから無駄に太るか、それでも無理矢理初詣なんかに行くと、朝の通勤ラッシュ以上の混雑に遭遇してウンザリさせられる。あと、病院とか休みになって、何かあったら一々救急車を呼ばなきゃならん手間もえらく面倒。
    そもそも、会社だって年末~年始に無理矢理休みを入れることで、業務は停滞するし、その分年明けに処理すべき案件が増大するし、派遣なんかだと働く日が削られるし、家で掃除だの買物だの料理だの無給でサービスやってるのに比べたら、サビ残とか、過剰労働とか、ブラック企業とかのが全然マシ・・だって、カネになるからw
    元日から営業しているコンビニとかスーパーを見ていると、実はアレが最も素直な姿なのであって、無理矢理このクソ寒い時期に休みを入れる方がオカシイ! 政府も、山の日とかプレミアムフライデーだとか、訳の分かんないことやってないで、どうせやるならGWを充実させる、或いはGWに当る連休をもうひと山設定してもらった方が、家に一々事情抱えてる身からしたら全然有りがたい。大体、日本はハロウィンだクリスマスだとやってるワケだから、もうそんな正月に拘る必要は無いんじゃないか・・(あ、紅白もそうか、と言うか、アレ見ないし)。

  • 去年…ですね、2016年。紅白がリアルタイムで全部見られた年は実に数年ぶりでした。NBO推しのシン・ゴジラも登場もあって、8割はそれ目当てでした。あとの2割近くは有村架純嬢が見たかったと。もやもや感はありましたが、その2つ以上に生で(時間の方)見られたことは何よりであり、一方は想定外だったのです。
    実は去年の小田嶋さんコラムのコメントにて夏ぐらいに仕事辞めますと言ってたのは私です。その後は結局退職を撤回して仕事していましたが、サーヴァントとして仕事をしているうちに、まさに奴隷同様の働かせ方をされてしまっているうちに、メンタルを病んで だれかれ構わず「キレて」しまい、これはまずいということで、業務の軽減を求めるも却下された上に、前回の退職騒ぎを持ち出され「~まで」との通告。これではとてもダメという事で、去年の暮れに想定外の退職となってしまったものです。自分にも非はちょっとありますが、上の方の仕組みがかなりまずいのが主原因でした。もう不可逆ではありますが、然るべき(叱るべき?)機関へは通告済みです。法には触れなくとも機関には記録が残るのでまあよしとして、あとは次の職探しですね。
    去年末あたりから日本の過剰サービスについていろいろ言われはじめています。良い傾向だと思っております。自身がかつてサーヴァントで心身ともに疲弊し、お金の代わりに疲ればかりが溜まる一方の毎日に堪りかねたマグマが大嫌いだった上司の前で大噴火した(口だけですので)ことは一年の総決算と一生の思い出になったのであります。
    最後にこれから仕事をするそこのあなた、24h関連(具体的に細くは言えないが察してね)だけはやめておいた方がいい。

  • 「夜が長いと子供が増える」。。。店もなく遊び場もなく手持ち無沙汰で夜が長ければ。。。
    一年中、皆がアクティブに動いていて「なにもない時間」がないのは少子化を生む。
    アクティブだと社交辞令の男女関係で終わってしまう。
    家族が増えると「何もない時間」は会話で盛り上がる、家族が愛おしくなるのだ。
    土間で藁を叩く父、囲炉裏端で縫物をする母、昔話を居眠りしながら話す祖母、じっと聞き入る私。
    父や母が、時折、合いの手をいれてくる。それがまた、楽しい。
    祖父はそれを子守歌に鼾をかいている。
    長い夜、正月につきものだったが、今の時代に蘇らせるには祖父母を呼び戻さねばならないか、黄泉の国から。