私も20年近く前からIEGのカンファレンスに出席したりレポートに目を通したりしていますが、同社は米国でもかなり早い段階から露出以外のスポンサーシップ効果を生み出すためのアクティベーションやその投資対効果測定の必要性を提唱していました。そのIEGを創業したLesaさんが最終的に行きついたのが、スポーツが生み出す持続的な価値としての「社会資本」でした。五輪的に言えば「レガシー」ということになるでしょう。

開催費用の8.62倍の社会資本創出に成功したHWC

 PSVの手法を、実例を挙げて紹介しましょう。

 皆さんは「ホームレス・ワールドカップ」(HWC)をご存知でしょうか? 2003年から毎年開催されるホームレスによるサッカーの世界大会で、NPO法人のホームレス・ワールドカップ基金が主催しています。4選手で1チームを組織するルールで(控えは4選手までで交代は自由)、2017年大会はノルウェーのオスロで開催され、男女合わせて50カ国以上から500名以上の選手が参加しました。

 LesaさんはPSVを用いて、英グラスゴーで開催された2016年大会が生み出した社会資本を「ProSocial Value」(プラスの社会的価値)として算出しています。その算出のステップは次の通りです。順を追って説明しましょう。

PSVの測定プロセス
出所:www.prosocialvaluation.com

ステップ① 「投入」(Input)として、そのイベントやスポンサーシップが生み出す社会資本(解決される問題点)の種類を列挙します。ここは決まった公式(フォーミュラ)のない領域ですが、HWCでは「経済資本」(Economic)、「教育資本」(Educational)、「情操資本」(Emotional)、「市民資本」(Civic)、「幸福資本」(Wellness)の5つが生み出された社会資本として整理されています
   
ステップ② 「算出」(Output)として、ステップ①で列挙された社会資本の中から、数値換算可能な「標準的価値」(Normative Value)を洗い出します。HWCでは、「削減された仮設住宅コスト」、「職を得たことで生まれた所得・税収・貯金」、「ボランティア訓練で施された能力開発」、「新たなステークホルダー(提唱者・寄付者・顧客)の獲得」、「ホームレスへの注目度の向上」の5つを挙げています。いわば、有形社会資本の列挙です
   
ステップ③ 「成果」(Outcome)として、ステップ②で挙げられた標準的価値を数値換算します。例えば、「削減された仮設住宅コスト」であれば、「大会後、参加選手の82%が脱ホームレスを実現した」という事実を踏まえ、その削減コストを701万4273ドルと算出しています。この総額が、HWCが生み出した有形社会資本の総額ということになります
   
ステップ④ 「速度」(Velocity)として、HWCがもつ影響力を大会が訴求する地域の人口やソーシャルメディアのリーチ、ソフト力などから算出します
   
ステップ⑤ 「無形物」(Intangible)として、ステップ①~③では捕捉できない無形社会資本を測定します。具体的には、世界40カ国のパフォーマンスの優れたNPO組織の活動を分析し、そこに共通する要素として抽出された「大胆さ」(Audacity)、「つながり」(Connectivity)、「能力」(Capacity)、「想像力」(Ingenuity)、「忍耐力」(Tenacity)、「多様性」(Diversity)の6つのドライバーにおける無形社会資本を数値化します。具体的には、世界の証券取引所にて取引される上場企業のバランスシートにおける無形資産の平均比率を分析し、前述の6つのドライバーをスコア化した上で、ステップ④で算出した「速度」(Velocity)を加味してPSV独自のアルゴリズムを用いて数値化しているようです
   
ステップ⑥ ステップ③で算出された「有形社会資本」の総額とステップ⑤で算出された「無形社会資本」の総和を合算し、最終的なHWCの「ProSocial Value」(プラスの社会的価値)を算出します。ここでは、前者が1027万1965ドル、後者が265万660ドルであることから、ProSocial Valueは1292万2625ドルとなります。HWCの開催費用が150万ドルであったことから、1ドルの投資で8.62ドル相当の社会資本を創出した計算になります


ケーススタディ:ホームレス・ワールドカップが生み出した社会資本
出所:www.prosocialvaluation.com

 東京五輪でも「レガシー」の重要性が語られており、東京都も五輪開催による経済波及効果(生産誘発額)が約30兆円に上るとの試算を公表していますが、うち27兆円は「レガシー効果」とされています。しかし、どの国の政治家や官僚にもこうした経済効果を過大評価する“自画自賛傾向”があるのは否めない一方、私の知る限り、スポーツ経済学の世界ではスポーツ施設やスポーツイベントが生み出す経済効果はほとんどないというのが常識になっています。

 今回のコラムでご紹介したように、米国ではスポーツの生み出す本質的で持続的な価値として、その社会資本を測定する試みも登場してきました。是非、東京五輪も単なるレガシーを羅列した想定効果の算出で終わらせるのではなく、大会開催後に実際に生み出されたレガシーを数値換算してその投資対効果を可視化して欲しいと思います。