特に、日本の学生スポーツ界は、明治以降スポーツを教育の手段として位置付けてきた長い歴史があります。これまで、むしろ「お金=汚いモノ」としてきた発想を180度転換しなければなりません。「日本版NCAA」の創設とは、学校の先生や事務員に「明日から起業家になれ」と言っていることと同じなのです。

 学生スポーツ側に事業や権利を取り仕切る人材がいないまま、民間企業がこの市場に参入してきた場合、スポーツが民間企業への利益誘導の手段としてだけ使われてしまい、スポーツ側に何も残らない、という状況になることを個人的に強く懸念します。日本の学生スポーツをどう持続的に事業として発展させ、同時に競技を強化して行くのかという本質的な議論をおざなりにしてはいけません。

 学生スポーツ側の人間はただでさえ、これまで金儲けの発想を排除しようとしてきた立場の人たちですから、こうした人たちに明日からライツホルダーとして権利意識を持ってもらい、適切な事業を行い(カネを稼ぎ)、権利料を徴収するように言っても無理があります。これは今まで山に登っていた人に、明日から海で泳げと言っているようなものです。これは能力の問題ではなく、適性の問題です。

 米国では考えられませんが、日本では「スポーツ=教育」という慣習上、事業権の一部を無償で第三者に譲渡しているような競技もあります。例えば、(大学スポーツではないですが)日本で最も人気のある学生スポーツの1つの高校野球では、高野連はテレビ放映権料をテレビ局から徴収していません。こうした状況を適切に見直すことなく、“市場原理”に任せて学生スポーツ事業化の門戸を開けば、スポーツ側にお金も人も入ってこないという状況は変わらず、持続可能なモデルにはならないでしょう。

 このように、これまで教育の一環として実施されてきた部活動をビジネス化するには多くの障害が待ち受けています。とはいえ、学生スポーツの事業化のような大きな流れを作るのはトップダウンでしかなかなかできないことかもしれません。

 まずは、大風呂敷を広げるのではなく、事業化が比較的やりやすい競技や地域に限定して、試験的に事業化プランを進めてみた方が良いかもしれません。米国では、新規事業を行う際などにはよく「Start Small, Success Early」(小さく始めて、早く成功する)が鉄則と言われます。限定したテスト事業でPDCAを高速で回し、そこで得られた知見を元に順次スコープを拡大していくのです。

 日本スポーツ界の関係者として、何とか日本版NCAA創設が日本スポーツ界の健全な発展に寄与することを願ってやみません。