NCAAのビジネス

 最後に、構造的に最高位に位置づけられるNCAAのビジネスです。米国というお国柄もあり、NCAAも米プロフットボールリーグ(NFL)のように中央集権・トップダウン型で強力な事業権を持っているようにイメージされるかもしれませんが、実態はそうではありません。それはNCAAの設立経緯を見れば分かります。

 NCAAが設立されたのは、今から110年前の1906年。フットボールの試合中に死亡事故が多発したことや部活動の学業への悪影響が社会問題化し、ルーズベルト大統領(当時)がスポーツの適切な運営管理を求めたことが契機となりNCAAが誕生しました。NCAAが誕生する前から多くの大学やカンファレンスは既に存在しており、NCAAはそれらの監督組織としての位置づけで誕生したのです。後発の組織だったゆえ、事業権は主に大学とカンファレンスが有しています。

 今もNCAAの位置づけは大きく変わっていないものの、全国的な人気を誇る男子バスケットボール全米トーナメント(通称“March Madness”=3月の狂気)の放映権を保有していることから、近年収益を大きく伸ばしています。2015年のNCAAの収入(カンファレンス、大学の収入は含まず)は過去最高となる約9億3400万ドル(約980億円)で、その内訳は以下の通りでした。

●NCAAの収入内訳(2015年)(単位:百万ドル)
●NCAAの収入内訳(2015年)(単位:百万ドル)
(出所:NCAA)
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 ご覧の様に、NCAAは収入の8割以上をテレビ放映権に負っているのですが、この大部分が先に触れた男子バスケットボール全米トーナメントからの収入です。NCAAは地上波テレビ局CBSと、ケーブルテレビ局ターナーとの間に2011年に14年間で総額108億ドル(約1兆1340億円)という巨額の放映権契約を結んでいます。

 実は、米国の大学スポーツで巨額のマネーが動くのは男子バスケとフットボールの2競技にほぼ限られるのですが、フットボールの場合は体力的な消耗が激しく全米トーナメントを開催できないため、NCAAが保有する権益はほぼ男子バスケの全米トーナメントの放映権のみとなっています。

NCAAビジネスの成功要因

 ここまではNCAAのビジネスモデルを3層構造の視点から解説してきました。ビジネスのエンジンは大学の体育局にあり、その上位にあるカンファレンスやNCAAは大学の集客力をテコに権利ビジネスを展開しているのがポイントです。

 では、このビジネスを成功足らしめている要因は何でしょうか? ここでは、KSF(主要成功要因)として、以下の3つを挙げたいと思います。

  • 1)徹底したコスト削減
  • 2)フェアな競争環境の構築
  • 3)プロ・アマの共存

 順に説明して行きましょう。まず、徹底したコスト削減から。

 プロスポーツの球団経営を行う場合、最大の費用項目は選手に支払う報酬です。米国プロスポーツの場合、球団収入の約50%が選手年俸に充てられます(つまり、収入1億ドルの球団の場合、約5000万ドルが選手年俸となる)。

 米国では、主要プロスポーツの選手はほぼ例外なく労働組合(選手会)を組織しており、経営陣との間に団体交渉を行います。選手会の交渉力は強大で、経営側の提示する労働条件に合意できない場合はストライキも辞しません。こうした選手会の活動により、選手年俸が大きく伸びてきた背景があります。

 翻って学生スポーツを見た場合、最大のコスト要因である選手年俸を極小化できる点が経営的に見た場合の最大のメリットになります。NCAAはアマチュア規定により学生選手がプレーの対価として金銭的な利益を得ることを禁じており、選手年俸はゼロです。

 実際には、学生に提供するスカラシップ(奨学金)などを実質的なプレーの対価と考えることもできるため、厳密に「報酬ゼロ」とは言えないのですが、それでも微々たる金額です。事実、ノートルダム大学教授(経済学)のリチャード・シーハン氏が著書「Keeping Score」(1996年)の中で、フットボールとバスケットボールの学生選手(D1所属)の時給を計算しています(実質的な対価をスポーツの活動時間で割った数字)。少し古い値ですが、それによるとフットボール選手の平均(中央値)は7.69ドル(約845円)、バスケットボール選手は6.82ドル(約750円)でした。

 意地の悪い見方をすれば、NCAAはマクドナルドのバイト以下の賃金で選手を雇い、巨額の収益を生むことに成功しているとも言えるのです。

囲い込みを許さない競争主義

 第二の成功要因は、フェアな競争環境の構築です。これには大学間の競争と、カンファレンス間の競争の2つに大別できます。

 NCAAは、競技ごとに大学が発行できるスカラシップ(奨学金)の数に上限を設けています。例えば、フットボール部なら85選手、バスケットボールなら13選手までといった具合です。これはプロスポーツの一軍選手登録枠と同じ発想で、保有できるタレントの数を揃えることで競争の公平性を担保するという考え方です。

 タレントを無制限に獲得できてしまえば、当然規模が大きく、収益力の高い大学が有利になってしまいます。また、ライバル校に行かれるぐらいなら自分の大学で押さえてしまえと、タレントの飼い殺しのような状況も発生してしまうかもしれません。これを抑止するのです。

 また、大学間だけでなく、カンファレンス間にも競争関係が存在します。NCAAは非営利組織として設立されており、利益はNCAA傘下のカンファレンスに分配されます。その分配金を巡る競争です。

 前述の通り、NCAAの収入の大部分は男子バスケの全米トーナメントの放映権収入から生まれています。この収益の分配には、より多くの勝利を得たカンファレンスに多く分配される傾斜分配方式が採用されています。

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