分析1:「優越コンプレックス」の根は強い劣等感

 私たちが日常的に使うコンプレックスという言葉には、本来どのような意味があるのだろうか? アドラー心理学では、コンプレックスを2つに分けて考える。すなわち劣等コンプレックスと優越コンプレックスだ。そして、劣等コンプレックスと劣等感、さらには器官劣等性を分離して考える。

 器官劣等性とは、事実として身体的な障害や慢性的病気などの劣等性を持っていることを指す。そして劣等感とは、劣等性の有無にかかわらずそれを劣等だと思い込むことだ。たとえば標準的な体重であるにもかかわらず、自分は肥満だと思い込むのは、劣等性はないが劣等感がある、といえるだろう。「人間であるということは劣等感を持つということである」とはアドラーの言葉だ。誰もが持つ主観的な思い込み。それが劣等感なのだ。

 では、劣等コンプレックスとは何だろうか? アドラー心理学では劣等感を悪者とはみなさない。劣等感があるからこそ、それをバネにして偉業をなし遂げた人は数え切れないほどいるからだ。しかし一方で劣等感を「できない言い訳」にして、人生の課題から逃げ回る人もいる。このような行動をアドラー心理学では劣等コンプレックスと呼ぶのである。

 そして、アドラーは優越コンプレックスの存在も指摘する。つまり「強くあろうと努力するのではなく、強く見えるふりをする」。これを優越コンプレックスと呼ぶのだ。先にあげたパワハラまがいのモンスター上司B室長はまさにこの優越コンプレックスではないか、と推測できるだろう。つまり自信満々に見えるB室長の根っこには強い劣等感が隠されている。アドラー心理学ではそう考えるのである。