分析1:弱さは時に強さである

 アドラーのカウンセリング症例を読むと、原因不明で長年自宅療養を余儀なくされる女性が何人も出てくる。しかし医師は原因や対策を突き止めることができない。そんな時にアドラーがずばり指摘するのが「弱さは時に強さ」である、という一言だ。

 家で寝たきりでいれば彼女は「かわいそうに・・・・・・」と、注目と同情を集めることができる。そしてワガママは許される。そのために、彼女は自分でも気づかないうちに病気を作り出し、病人であることを選んでいる。「弱さ」により家族を意のままに動かす「強さ」を手に入れている。つまり「疾病利得」を得ている、というのである。

 もちろん、すべての病気がそうである、というわけではない。しかし、この指摘は極めて示唆に富んでいるように思う。アドラー心理学では原因論ではなく目的論でものごとを捉える。人前に出て恥ずかしいから赤面症になる(原因論)のではなく、人と接しないために赤面症を作り出す(目的論)と考える。それと同じことが打たれ弱い"困ったちゃん"A子さんにも起きているのではなかろうか。

 叱られる度に真っ青な表情になり、うつろな目でうつむく。これでは、誰も彼女に強く言うことはできないだろう。彼女は自分でも気づいていないだろうが、弱さをひけらかすことにより周囲を支配しようとしている、とアドラー心理学では考える。

 幼少期からの対人関係において彼女は弱さが武器となることを成功体験として積み重ねてきた。そのパターンを大人になってからも使っている。アドラー心理学では、その成功パターンをライフスタイル(性格)と呼んでいる。自分は弱い存在であり(自己概念)、周囲は弱い私を助けなければならない(自己理想)。彼女はそのようなライフスタイル(性格)を形成してきたのだ、と推測できるだろう。