分析1:「ありたい人物像」が変化してきた

 「草食男子」とは、2006年に本サイト「日経ビジネスonline」にて、コラムニスト深澤真紀氏により最初に使われ(記事はこちら)、2009年に新語・流行語大賞にもノミネートされた言葉だ。その定義は論者によって異なるが、総じて、異性や恋愛をがつがつと求めるタイプではなく、互いに傷ついたり傷つけたりすることを避ける男性のこと、というニュアンスで使われることが多いようだ。つまり、本来は異性や恋愛に関する淡泊さを定義する言葉であったものが広義に使われ、異性以外も含めた「欲望」全般に対して淡泊な若者を指すようになっていったようである。

 アドラー心理学的に上記の八木田さんを分析すると、2種類の仮説が立てられるように思う。1つは、アドラー心理学の目的論から推測したところによる「究極目標」、すなわち「ありたい人物像」が変化してきた、というものだ。アドラー心理学では誰もが「優越」を求める、と考える。ここで言う「優越」とは相対的に他人に勝つ、というものだけでなく、「より優れた人間でいたい」という絶対的概念を含んだ広い考えだ。その「優れ方」が従来と変わってきた。バリエーションが増えてきたのだ。

 わかりやすく二元論的に考えると、バブル世代に代表される「肉食男子」が、カネ、出世、ブランド、異性を「優越」すなわちステイタスシンボルとして求めたのに対して、草食男子と呼ばれる世代は、その逆を行く。そして、逆を行く方がかっこよく「優越」である、と考えている。そういう仮説である。

 もっともアドラーは性格・価値感などを総称する「ライフスタイル」において、十把一絡げにタイプ分類することの危険性を挙げている。そのため、このように世代全体をタイプ化する考え方に対して、天国にいらっしゃるアドラー先生は疑問を投げかけるかもしれない。しかし、ここではあえて二元論的に論ずることで、本コラムの理解を深めていただくよう、論を進めることをアドラー先生および読者の皆様にお許しいただきたいと思う。