管理じゃなく手入れが大事

楠本:人々がそういう新しい幸福を求めている時代。涌井さんは、これからの街づくりをどう考えているのでしょう。

涌井:やはり2020年のオリンピックが気になります。「一体何のためにやるのか?」を明確にすべきです。1964年に開催された東京オリンピックには、戦後、新幹線や東京タワーが建ち、首都高速もでき、「国際社会への復帰を果たした証」という大きな意味がありました。オリンピック開催を契機に、日本がどう変わるのかというところに意味があるのだと思います。今回も、世界に対して、大きなメッセージを出す絶好のタイミングなんです。このメッセージがちゃんと届けば、そのメッセージに沿ったかたちで、東京が世界の一大拠点になる可能性があるわけです。

楠本:どういうメッセージを出せばよいのでしょう。

涌井雅之(わくい・まさゆき)氏
造園家・ランドスケープアーキテクト
1945年 神奈川県生まれ。東京農業大学農学部造園学科卒業。造園家。造園家として多摩田園都市、全日空万座ビーチホテル、ハウステンボス、東急宮古島リゾートなどのランドスケープ計画・デザインを手掛ける。岐阜県立森林文化アカデミー学長、社団法人国際観光施設協会副会長、社団法人日本造園学会副会長、桐蔭横浜大学特任教授、東京農業大学客員教授・公益財団法人緑の地球防衛基金理事長など。

涌井:物質的な豊かさを追い求めていくことに限界があることは、みんなもう分かっているわけです。求めれば求めるほど地球上では、国同士の対立や自然災害などの様々な氾濫が起きています。豊かさを深めたいけど、その方法が分からなくなっているので、立ち止まったり、考えたり、対話しようと思うきっかけをどうつくり出すかでしょう。たぶんこれからの都市というのは、多様性があり、同じ感性の人たち同士が自然と集まってくる場があることが、最大の魅力になるのではないかと思っています。

楠本:今の話を聞いていて、里山、里海の話を思い出しました。棚田のように、長く保全させるために人が「自然」が育てていくよう、ちょっとだけ手を加えたもの。その結果、生態系が豊かになっていくという考え方ですね。

涌井:まさに“手入れ”です。管理とは違うんです。生態系が豊かな場所、生物多様性(バイオダイバーシティー)が生まれる場所というのは、多数の細孔をもつポーラスなところなんです。その隙間に、生物が入り込み、棲み分けがはじまり、多様化していくんです。

 その棲み分けも、時間と空間で分かれています。生態学的に言うと「エコトーン」(陸域と水域などの境界領域)というんですが、陸域と水域、森林と草原など異なる環境が連続的に推移して接している場所。ここが最も多様性があるんですね。多様性でいろいろな人間が集まって、勝手に自分たちの場所と価値をもったコミュニティをつくっている街がいいんです。楠本さんもそこを狙っているんですよね。

楠本:エコトーンというか“際”でしょうか。街においては、商業地と住宅地の曖昧な境界みたいな場所が一番面白いんです。いろんな人が混ざり合って、違いを認め合いながら共存していると新しい価値観やカルチャーが生まれてくる。

涌井:山辺とか海辺とか、人間って「へり」に行きたがるじゃないですか。そういうマージナル(境界にあるさま)なところが好きなんです。

谷川:「境界が曖昧」というのは、日本の従来の空間の大きな特徴だったと思うんです。例えば、生け垣は外から家の中の気配が見えたりします。縁側は、外から来る人にとっては家の中で、でも家の中の人にとっては外のような空間です。玄関にも通り土間があって、親しい人はどんどん奥へ入っていけるけど、親しくない人は最初のスペースでちゃんと待つという暗黙のルールがありました。

 空間の中に物理的にも精神的にも結界(仏教用語で、制限された一定の区域)があり、お互いに自分の存在を緩やかにつなぎ合わせながら快適に生きてきていたんです。そこは、分厚い石で囲われて内と外の気配が切り離されたヨーロッパとは違います。

楠本:その縁側みたいなものを今にもう1回呼び戻すビジネスのひとつがカフェだと思っています。僕らは「カフェは街の縁側」だと思っていますから。

大学の学食にママたちが集まってきた理由

涌井:私が造園を監修している愛知学院大学で、「大学に隣接する名城公園に来ているお母さんたちが、バギーを押して学生食堂にどのぐらい来てくれるか」という実験をしたことがあるんです。それまでお母さんたちは、図書館棟とか本部棟の大学内にバギーを押して入ってきませんでした。

谷川:ある種の結界があった。

涌井:そうです。それをどうやってなくしたかというと、愛知学院大学名城公園キャンパスの、名城公園側に緩やかな芝生のマウンドを造って大学側へアプローチをしやすくしたんです。そうしたら、今すごく学生食堂が賑わっているんですよ。バギー置き場を増設することも検討しなければならなくなりましたが、困ったことに学生がご飯を食べられなくなっちゃった。

谷川:でもそういうお母さんたちが子供を育てている環境と学生の接点ができると、新しい何かが生まれそうな感じがしますね。

涌井:そう。それで、お母さんたちのための図書館をそこに増設することにしたんです。

谷川:なるほどね。本当のコミュニティですね。

楠本:そういう“縁側”的な曖昧さは、この30年ぐらいの高度成長期には非効率なものと捉えられていましたよね。土地の価格も上がっていったからしょうがないのですが、ここまでは商業地、ここから先は住宅地と、街のゾーニングをやり過ぎて、曖昧な場所はどんどん失われていきました。

日本にある「効率的景観」って本当にいいのだろうか?

谷川:それに疑問を感じはじめた。これって、やはりネットの出現が、世の中の枠・仕組みを一気に劇的に変えるトリガーになったと思うんです。今まで仕組みとして正しいととらえていたメディアの考え方に関しても、そもそも「本当にこれでいいのだろうか?」と考えるようになったのと同じように。

楠本:効率性の観点から正しいと捉えられていたものも、違う視点から見た時、「本当にそうなのか?」と見方を変えるきっかけになった。

谷川:友人が「Think outside of the box」という言葉を教えてくれました。「箱の外から見ろ」という意味です。

 僕たちは知らず知らずのうちに、ある種の制約の中で暮らしている。特に都市生活とかをしているとほとんどがコントロールされていますよね。その枠の外から自分たちの日常を見ると、自分たちが当たり前と思っている日常は、実は恵まれた環境だったりすることに気が付きます。

 例えば、先ほどの大学の学生食堂の話についていえば、子育てが難しいことは学生でも知っている情報です。でも実際に子育てしているお母さんたちと接点が持てるような環境があることで、はじめて考えるきっかけをつくっていることになったと思うんです。

違う視点で観るために

谷川:これだけ情報量が多い時代になると、実際その全ての情報を読み解くことも、それらに目を通すことも不可能。本当に、おいしいご飯屋さんをインターネットで見つけるのも不可能です。なぜならおいしいご飯屋さんの情報ばかりが氾濫しているから(笑)。だから結局どうするのかというと、自分が信頼できる「人」に直接聞いてみようと…。最後は自分の信頼できる友達に聞こうという話になっていく。

涌井:現代人は、流通している膨大な情報を絞り込むテクニックまでは身に付けていないですね。どうすればいいのでしょうね。

楠本:例えばですが、“いつも”を少し変えてみるのが良いんだと思います。毎日、通勤しているルートを変えてみるとか…。ほんのささいな日常を変えることで視点は大きく変わります。今まで見えていなかった周りの人が見られるようになったり、違う景色に出会ったりするものです。僕は、その目線を持って「空想トレーニング」を楽しみながらやっていますね(笑)。そうしているとアイデアが生まれてきたりします。

谷川:若い人は、尊敬できる友達をたくさんつくる努力をした方がいいと思います。これから15年ぐらいの間に、これまで絶対なくならないと思った職業もなくなっていきます。そしてまた、新しい職業が生まれてきます。そういう時代の変革期に、一緒に汗をかける友達をたくさん見つけた方がいい。尊敬できる友達をたくさん増やせる人というのは絶対に幸せを感じられるはずです。

涌井:日常に流されないためにも、別の視点を持つことが大事ですね。余談になりますが、先ほどの愛知学院大学の名城公園側に設けた芝生の緑地のようなものには、「利用効果」と「存在効果」両方があるといいます。「利用効果」とは実際に緑地を利用する人たちにもたらされる実際の効果、「存在効果」とは、その緑地が存在することによって都市機能の構造上にもたらされる効果です。

 とかく我々は、実際の利用効果に目が行きがちなのですが、緑地がなぜそこに存在しているのか、心理的な効果や防災上の効果、環境上の効果といった価値にはなかなか気がつかないものです。しかし、そうした存在価値についても認識して、そこにポジティブな理由を感じたり、考えてみたりすることが、意外と大切なのだと思います。

執筆者/楠本 修二郎(くすもと・しゅうじろう)
カフェ・カンパニー社長


1964年福岡県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、リクルートコスモス入社。1993年大前研一事務所入社、平成維新の会事務局長に就任。その後、渋谷・キャットストリートの開発などを経て、2001年カフェ・カンパニーを設立、社長に就任。2014年11月、カルチュア・コンビニエンス・クラブの関連会社と合弁会社スタイル・ディベロップを設立、社長に就任。2016年11月、アダストリアとの合弁会社peoples inc.の設立に伴い、社長に就任。一般社団法人「東の食の会」の代表理事、東京発の収穫祭「東京ハーヴェスト」の実行委員長、一般財団法人「Next Wisdom Foundation」代表理事、一般社団法人「フード&エンターテインメント協会」の代表理事を務める。

日本の文化・伝統の強みを産業化し、それを国際展開するための官民連携による推進方策及び発信力の強化について検討するクールジャパン戦略推進会議に参加している。 著書に『ラブ、ピース&カンパニー これからの仕事50の視点』がある。