不完全さがあるから、その場所に第三者が入り込める隙ができ、外部から新しい要素が入ってくることで、新しい反応が生まれるのではないかと思います。

 僕の計画する造園って「空間」だけの計画ではないんです。時間と空間が掛け算になっている。いまだけではなく、1年後、10年後、100年後も想定して造園しているんです。

 例えば、江戸時代の龍安寺と今の龍安寺、室町時代の銀閣寺と今の銀閣寺ってまったく違うんですよ。なぜかというと周りの木がどんどん成長したり、生命は有為転変するからです。

 それでも龍安寺は龍安寺。銀閣寺は銀閣寺、として認識されているのは、庭の地割り(サイトプラン)や石組みが不易(ふえき、時代を通じて変わらないこと)だからなんです。木や花などは自由に任せて育っている。本当は、木や花もまったく放置しているわけではなく、ちょっとは手入れはしているんだけど(笑)、自然に任せている。枠組み、デザインが不易であれば、寺の個性は変わらないんです。

楠本:完成品を最初からつくるのではなく、時代の変化を想定し、受け容れながら変わらないものをつくる──というのは面白いですね。

涌井:不易の部分をデザインする一方で、時代々々で変わっていく流行も予測する。木の植え方も、流行にひずみが入らないような植え方をすることで、不変の価値をつくっていくんです。そして、その時代なりにメンテナンスしてもらってもいいものも植える。これって、楠本さんがやっている、コミュニティづくりのポイントと共通する部分があるんじゃないでしょうか。

戦略はあるけど計画はない、自然に委ねる

谷川:いま求められている空間って、無理やり何か出来合いの箱モノをもってくるのではなく、時間が経つにつれ、自然と変化が起きる仕掛けづくりに近いんです。周囲のことも考えず、出来合いの施設を力づくで置くやり方ではなく、ジワーっと自然に温度が上がってくると、何かが動き出す仕掛け。最後は自然に委ねるようなやり方が大事なんです。

涌井:なんでも計画し過ぎちゃうと面白くない。植栽計画を立てても、思うように伸びません。委ねるんです。例えば、ジャンルはまったく違うけれども、AKB48だって綿密な中長期計画なんかしていなかったでしょう。戦略はあるけど、計画してたらみんな嫌になっちゃいますよね。「みんなが育てる」というスキームがあるだけ。それが親近感となり、みんながネイバーフッド(地域や界隈の人々)の感覚になっていく。それがコミュニティの面白さなんだと思います。楠本さんはそのことをカフェとかで意識的にやっていますよね。今、欧州で話題を集めている「タクティカル・アーバニズム(戦術的都市計画)」もそうした戦略なのでしょうね。