キム:真剣勝負と楽しさは別に相反することではないと思います。それに、慣れ親しんだ日常を、もう一度自分が「非日常的な状態」で眺めてみると、当たり前に見えたものが決して当たり前じゃないことが分かったりします。

楠本:通勤電車に乗っていても“旅”はできる。場所ではなく考え方なんだと思います。

本田:それが楽しいんです。“旅”って必ず区切りがある。だから1日1日すごく大事にする。でもやはり、いつもの日常は永遠に続くと思ってしまいがちだから、旅と日常には、その違いがあると思います。

 自分のパートナーも永遠にいると思ってしまうけど、1回でも自分が死にそうになったり、重い病気をしたりしたら考える。「もしかしたらもう二度と会えないかもしれない」とか「もしかしたら二度とここに行けないかもしれない」とかね。

 そうなると日常が非日常になり、もっと大事だと思える。そういう風に思わないで、惰性で生きてしまうと、感謝もしなくなります。すると、やはり得るものも少ないし、人生そのものが面白くなくなっていく。

非日常を取り入れる日常の生活とは

楠本:日常でも“旅”ができる──とすれば、日々のスケジュールってどうしているの? 非日常を取り入れる日常とはどのようなものなのか?

本田:年間の大まかなスケジュールは、仕事と趣味であるトライアスロンのレースがある場所によって決めています。僕は、本当はとてもルーズな人間なので「この国のこの大会に出場する」と決めないとトレーニングもしない。なので「来年のこの時期は、この国にいく」と決めれば、それに合わせて、仕事もトレ-ニングも遊びも決まる。そのエリアで観たい場所、食べたいもの、会いたい人、関係する仕事も全部集中的にブッキングします。

キム:僕はいま目標とかは一切立ててません。だから、数カ月先のスケジュールはまだ真っ白です(笑)。何か目標を立てて頑張ることもしてません。朝起きたときに何がやりたいか、その朝の気分によって決めています。というのも「やらなければいけないことをゼロにする」人生を目指していますから。これが自分の中では解き放たれた状態。朝必ず起きなければならないこともない。その瞬間、瞬間の感覚に基づいて気まぐれにやっている。「作家」でもあるから、そうした生活が作品の中の表現につながっていく部分はあります。もちろん、そういうことを安易にやってしまうと、いまの社会の中で“のけ者”にされてしまうリスクはありますね(笑)。

人生は壮大な実験、試行錯誤を自分でやらないとね

楠本:「やらなければならない仕事をゼロ」にしたら人生が変わってきた? それとも、そういう生き方をしたから、やらなければならない仕事がゼロになってきた? ──どっちが先だったんですか。

キム:幸運なことに僕の身近にはナオさんがいました。僕が慶應大学で教員をやっていた時に「これから教職を辞めて、海外で旅するように生きていきたいんですけれど、どう思いますか?」ってナオさんに相談をしたら、「いいんじゃん」と一言。ノリは軽かったんですが、ナオさんは絶対に余計なリップサービスはしない人だから「あ、できるんだ」と思って、実際にやってみました。そうしたら「何だ、何でそんなことで悩んでいたのか?」みたいに思えるぐらい簡単だったんです。つまり、仕事の内容、仕事をする場所、そして仕事のやり方を変えたら、結果的にやらなければならない仕事がゼロになったのです。

 ただ、ナオさんが言っていたように、旅する人生を送るための準備はしました。食べていかなきゃいけないので、慶應大学にいるときに本を何冊か書いて、作家への基盤をつくりました。そうした準備があったからこそ、新天地に一歩踏み出せたのは確か。

ジョン・キム氏
作家
日本に国費留学。米インディアナ大学マス・コミュニケーション博士課程単位取得退学。博士(総合政策学)。ドイツ、英国、米国の研究機関を経て2004年から2009年まで慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構特任准教授&プログラムマネージャー、2009年から2013年まで同大学大学院政策・メディア研究科特任准教授。2013年からは、パリ・バルセロナ・フィレンツェ・ウィーンに拠点を移し、執筆活動中心の生活を送っている。著書に『媚びない人生』『真夜中の幸福論』 『生きているうちに。』など。

本田:誰に対しても「できる」とは言いません。「人生は壮大な実験」。完全に決まったモデルなどないので、自分でいろいろ試してみないと。とにかく、自分でいろいろやってみたうえで決めて欲しいですね。

キム:「答えがはっきり見えない」と言われれば、動かないのが妥当だと日本では思われています。でも、「答え」が見えない時でも、心の声がゴーサインを出したら、迷うことなく踏み出してみた方がいいんです。みんな、不確実性というリスクに対して極度に敏感になり過ぎ。リスクや不安は生きている限り全員持っている。だけど、挑戦する人としない人の差って、そのリスクや不安を超えるだけの未来への情熱を持っているかどうかなんだと思います。