楠本:もちろん、僕も「出張」に行ったことは何度もありますよ。でもつまらない。会社の経費だろうが何だろうが、なんか損した気分がする(笑)。それに比べると大学時代に、アメリカ横断の旅をした時の風景は未だに鮮明に残っています。観たり体感したりした景色が、向こうから飛び込んできた。自分で情報を取りに行くのではなくて、感知するセンサーが開いてくる感覚。そういう風景が心に沢山刻まれ、残っていると、いろいろなアイディアに繋がっていく。

この10年間で、仕事と遊びの垣根が消えた

楠本:ナオ(本田氏)は著書『脱東京 仕事と遊びの垣根をなくす、あたらしい移住』でも触れていましたが、複数の場所で住居を構えるデュアルライフを実践しています。そういう生活を続けてきて何か変わったことってありますか?

本田:2005年から2010年、それと今とで何が変わったのか──と、振り返ったことがあります。2005年はバックスグループという上場企業(博報堂グループ化に伴い、現在は上場廃止)の常務から非常勤役員になった翌年で、その時から、頻繁に世界中を旅するようになりました。その頃は、ハワイ2カ月、日本10カ月ぐらいのバランスだった。当時は、デスクトップパソコンをメインにしていましたから、8割がデスクトップPC、2割がノートパソコンで仕事してました。

 ハワイに移住したのが2007年。この年にiPhoneが発売になりました(※日本での発売は2008年)。この頃のiPhoneって、今のように使えるようなスペックではなかった。今では、当然できると思っているコピ-アンドペーストもできなかったし、マルチタスクもなかった。だから1回アプリケーションを全部終わらせて閉じないと次のアプリに行けなかったくらいで、とても不便だった。

 そして、2010年からデスクトップパソコンは使わなくなった。ノートパソコンが8割、2割がiPhoneになった。生活もハワイが6カ月、日本が5カ月で、残り1カ月がほかの海外というそんなバランスになりました。

 それが今はどうなったかというと…ほとんどノートパソコンも開かない日があるぐらい。もう仕事の8割をコレ(iPhoneとiPad)でやっている。

 それで生活はどうなったかというと、ハワイ5カ月、ヨーロッパ中心にアジア、オセアニアを含めて2カ月、東京3カ月、地方2カ月というように、より旅へのドライブがかかっている。旅に関しては自由度が増してきている。どこにいても何でもできるし、コミュニケーションもすごく簡単になった。旅をしながら生きやすい時代が本当に来ていると思いますね。

本田直之(ほんだ・なおゆき)氏
レバレッジコンサルティング社長
シティバンクなどの外資系企業を経て、バックスグループの経営に参画し、常務取締役としてJASDAQ上場に導く。現在は、日米のベンチャー企業への投資育成事業ほか、ユニオンゲートグループ、サンシャインジュースなど複数の会社の経営・顧問に携わる。これまで訪れた国は58カ国。趣味は、食全般とサーフィンやトライアスロン。著書に、レバレッジシリーズをはじめ、『脱東京 仕事と遊びの垣根をなくす、あたらしい移住』『なぜ、日本人シェフは世界で勝負できたのか』など。

楠本:デバイスと、世界的に社会インフラが整ったお陰で、ヨーロッパでも、アジアでもストレスなく行けるようになった。物理的な移動距離はどんどん広がり、仕事のやり方も変わってきた。同時に、心の持ち様というか考え方も変わってきた?

本田:仕事と遊びを分けて考えなくなってきましたね。垣根がなくなってきたんです。今では、こんな手のひらサイズの小さいスマホを持って、移動しながら仕事ができてしまう。慣れもあると思いますが仕事観が変わるのは当然だと思います。

楠本:でも、多くの人たちはそうした働き方ができてません。「ナオみたいに生きたい」という人たちには、どういうアドバイスしているんですか。

本田:「いきなりは無理だ」と答えています。それなりの自分の力を持ってなければ役に立たない放浪者になっちゃうだけ(笑)。だから、準備期間が必要なんです。やはり何かの能力がなければ、遊びと仕事も融合しない。遊びと仕事の垣根がない状態となり、しかも自分のスキルがそれなりにある。この条件が掛け合わさることによって、はじめて可能だと思います。スポーツ選手と一緒。試合で勝つためには、練習する期間が必要なんです。