単独での道は険しい

 となると、まずは買収防衛策を決めなければならないだろう。併せて、得意とするインド事業や国内軽ビジネスなどに、事業のレンジを絞り込んでいく必要があろう。三菱自の例ではっきりしたように“あれもこれも”は無理だ。環境技術に関する提携も視野に入れなければならない。経営者には「中小企業のおやじ」に近い決定スピードは求められるし、胆力も必要となる。

 「自動車業界における中小企業のあり方をこれからも追求する」と修会長は話す。海に行くのか、山を目指すのかにより、用意する装備品は変わっていく。残された時間の中で、修会長はどう道筋を決めていくのか。

 個人的な見解だが、修会長は「なるようにしかならない」と考えているのではないか。単独としていけるところまで突き進んでいくだろう。その上で、日産・三菱自のような急な資本提携の機会があれば、状況に応じて対応していく。

 さて、後継候補として経産省から転じていた修会長の娘婿、小野浩孝専務が、急逝したのは07年12月12日だった。その直前の同年12月5日、修会長は日本外国特派員協会で次の発言をしている。

 「スズキはあと10年は大丈夫です。なぜなら、私が生きているから」と。
その10年は来年末だが、修会長による最大にして最後の決断の日は迫っている。

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