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暴走事件は死傷者24人を出す惨事となった。

 遼寧省の西南部に位置し、渤海の遼東湾沿いの港湾都市である“葫蘆島市”は、約280万人の人口を擁する中小都市である。1937年7月から始まった日中戦争は1945年8月15日に日本のポツダム宣言受諾により終結したが、日本の敗戦と同時に崩壊した満州国には105万人以上の日本人が取り残されていた。彼らが1946年から数年間かけて日本へ引き揚げる際に引揚船の起点となったのが“葫蘆島港”であったので、葫蘆島市と日本の関係は浅からぬものがある。なお、“葫蘆”とは「瓢箪(ひょうたん)」を意味する中国由来の言葉だが、どうして“葫蘆島(ひょうたんじま)”という地名ができたのかは定かではない。但し、有名なNHKの人形劇「ひょっこりひょうたん島」とは何も関係がないようだ。

 11月22日12時30分頃、その葫蘆島市で悲惨な事件が発生した。それは葫蘆島市で唯一内陸部にあり、海に面していない“建昌県”の“紅旗街”に所在する“建昌県第二小学(小学校)”(以下「建昌第二小」)の校門前で発生した交通事故であり、実質的な大量殺人事件だったのである。

 当時、建昌第二小は昼休みの昼食時間で、校門前の横断歩道を渡ったところにある“小飯桌(児童の昼食をまかなう食堂)”で昼食を摂った児童たちが隊列を作り、横断歩道を渡って学校へ戻ろうとしていた。丁度、教員に先導された“学前班(入学準備クラス)”と小学一年生の隊列が横断歩道を渡り切ろうとした時に、道路を逆走してきた高級乗用車のアウディ・A6が猛スピードで隊列の後尾に突っ込んだのだった。現場の横断歩道を見渡せる場所に設置されていた監視カメラには、右車線を正常に走行して来たアウディ・A6(以下「アウディ車」)が突然センターラインを越えて左車線に入ると、急激に速度を上げて子供たちの隊列めがけて突っ込む映像が映っていた。

 アウディ車が子供たちの隊列に突っ込むと、車が進む方向に沿って子供5人が次々とはね上げられ、路上に落下して動かなくなった。彼らの中には鼻から血を流している者もいたが、5人全員が路上に横たわり、微動だにしていなかった。自転車も1台はね飛ばされたが、運転していた成人男性は地面に倒れながらも身体を動かしていた。事故を起こしたアウディ車は停止することなく走り去り、現場には5人の死者と19人の負傷者が残され、そのうちの3人は重傷だった。