「探し出して死刑に」誓った母

 事件当日の11月3日17時頃、江秋蓮は日本大使館からの電話で江歌が殺害されたと連絡を受けた。そんな馬鹿なことがあるはずない、嘘に決まっている。混乱する中で思い付いたのは近く住むと聞いていた劉鑫の両親だった。彼女は彼らに連絡を取って落ち合ったが、そこに折好く劉鑫から両親にテレビ電話が入った。画面の中の劉鑫は警察署にいる様子だったが、両親から携帯電話を奪い取った江秋蓮が江歌について問いかけると、劉鑫は「ごめんなさい」というばかりで何も答えぬまま電話を切った。これを見ていた劉鑫の両親は「心配しなくても、何でもないさ」と気楽なことを言い、江秋蓮が「劉鑫のボーイフレンドが娘を殺害したんでは」と推測を口にすると、2人はぎょっとして、何も言わずに慌てて去って行った。

 それから14時間後に江秋蓮は東京で江歌の遺体と対面した。江歌は不織布の手術服に包まれてベッドに横たわっていた。警察が遺体の横に用意してくれた椅子に座り、江秋蓮は深い悲しみに耐えながら、娘を殺害した犯人を必ず捜し出し死刑にすると心に誓った。11月4日に日本から帰国した江秋蓮は“微信”を通じて劉鑫に犯人逮捕に協力すると共に、事件当時の状況を教えるよう連絡を入れた。その後、劉鑫からは“微信”で、「当日の夜、私は江歌と一緒に帰宅したが、生理でズボンが汚れたので、履き替えようと先に部屋に入った。すると、外で江歌の叫び声が聞こえたので、慌てて部屋の扉を開けようとしたが開かず、ドアアイから覗いても良く見えなかった。そこで、110番に電話を掛けて異常を通報した」と連絡があった。

 陳世峰が逮捕されたのはこの連絡の後だったが、その後の陳世峰に対する警察の取り調べで判明した状況は上述の通りであり、劉鑫は明らかに嘘をついていた。そればかりか、劉鑫は犯人が陳世峰であると知っていながら、犯人は誰か分からないと事実を隠蔽していた。さらに、劉鑫はナイフを持って迫る陳世峰から逃れようと部屋に入って扉の鍵を掛け、江歌を外に放置して見殺しにした。本来ならば、陳世峰に刺されるべきは劉鑫だったはずである。しかし、その後、劉鑫は行方をくらまし、江秋蓮が“微信”で連絡を入れても一切応答しなかった。劉鑫の父母も江秋蓮を携帯電話のブラックリストに入れ、連絡が取れないようにしていた。