表面的な事実を取りまとめれば、確かに上記の通りである。しかし、賈敬龍が何建華を殺害するに至った経緯を考えれば、以下のような同情すべき点があるのである。

脅迫、新居破壊、婚約破棄、自首も認められず

(1)父親の賈同慶が村民委員会との間で立ち退き協議を締結したのは、賈同慶の母、すなわち賈敬龍の祖母の社会保険(年金)支給を停止すると脅かされたためであり、決して納得してのものではなかった。この事実を知っていた賈敬龍は村民委員会およびその主任(責任者)である何建華に反感を持ち、協議締結という事実を認めていなかった。

(2)2013年5月7日に賈敬龍が住み続けていた旧宅は村民委員会が組織した取り壊し部隊によって取り壊されたが、この日は賈敬龍にとって27歳の誕生日の6日前であっただけでなく、恋人との結婚式の18日前だった。賈敬龍は大金を投じて自力で旧宅を結婚後の新婚住宅に改造していたが、全ては破壊され、甘く楽しい新婚生活の夢は消え去った。取り壊しをせめて賈敬龍の結婚式が終わり、新婚生活を始めるまで待ったやることはできなかったのか。村民委員会の1人が証言しているところでは、旧宅の所在地は緊急に取り壊す必要のない場所だったという。

(3)悲劇はそれだけでは終わらなかった。賈敬龍が村民委員会と抗争状態にあることを知った恋人の父親は、賈敬龍と関わり合いになって村八分にされることを恐れて、娘に賈敬龍と手を切るよう命じた。このため、恋人との結婚約束は取り消され、彼女は賈敬龍のもとから去り、後に別の人と結婚した。

(4)賈敬龍は犯行後に現場から車で逃走したが、それは付近の派出所へ自首するためだった。ところが、後から追走してきた村民たちに捕まり、殴る蹴るの暴行を受けて大腿骨を折られ、その後急行した警官によって逮捕された。賈敬龍の携帯電話には知人に宛てた「これから自首する」というメール原稿が残されていたが、発信されてはいなかった。裁判官は当該メール原稿を証拠採用せず、賈敬龍に自首する意思はなかったと判定したが、自首する意思が認められていれば、賈敬龍に死刑の判決が下されることはなかったものと思われる。裁判官が自首の意思を認めなかったのは、当初から賈敬龍を死刑にすることが決まっていたのではないだろうか。

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