【5】家が取り壊された2か月後、恋人は彼女の両親から諭されて賈敬龍と別れた。家を取り壊された上に、恋人との結婚もダメになり、賈敬龍は失意のどん底に陥った。絶望の中で、賈敬龍は北高営村を管轄する長安区の“検察院”と“信報局(陳情局)”に告発状を何度も送付したが、なしのつぶてだった。家取り壊しの黒幕である何建華を訪ねて立ち退き補償を要求したが、無視された。家を破壊され、補償もなく、恋人も失い、結婚の夢も消失した。全ての夢と希望を打ち壊された賈敬龍に考えられるのは、北高営村で思いのままに権力を振るう何建華に対する報復しかなかった。

くぎ打ち機で報復

【6】賈敬龍の家が取り壊されたのは、2009年11月に北高営村の村民委員会で決議された「旧村改造計画」によるものだった。賈敬龍の父親は2010年11月に祖母が受けている社会保険を停止すると脅されて、家の立ち退き協議書に署名させられていた。この協議書は村民委員会の意向に沿って書かれた違法な内容で、立ち退き側である父親を利するところが何もない代物であったが、そこには村の共同住宅の1室を売り渡す代わりに、2013年2月20日までに旧宅(3階建ての家)を引き渡す旨の項目が含まれていた。賈敬龍がこの協議書の存在を知っていたかどうかは定かではないが、たとえ知っていたとしても彼は協議書を無視したと思われる。一方、村党支部書記で村民委員会主任として北高営村を牛耳る何建華は、賈敬龍の父親からサインを取り付けた協議書を盾に、合法と称して賈敬龍の家を強制的に取り壊したのであり、引き渡し期限を過ぎた2013年2月27日に旧宅の取り壊し作業を行おうとしたのだった。

【7】賈敬龍は何建華に報復する機会を探った。家が取り壊されてから1年半以上の月日が経過した2015年の“春節(旧正月)”に機会は巡って来た。北高営村では春節には毎年恒例の春節祝賀会を開催するが、何建華は北高営村の最高権力者として必ず出席する。2015年の春節祝賀会の当日、賈敬龍は村民たちに紛れて祝賀会の会場に入った。彼は密かに何建華の後ろに近付くと、隠し持っていた改造したくぎ打ち機で何建華の後頭部を撃って死亡させた。報復を果たした賈敬龍は自首しようと、自分の車で会場に近い“長豊派出所”への道を急いだが、追い掛けて来た何建華の親族に捕まり、殴る蹴るの暴行を受けた後に、長豊派出所の警官に引き渡されて逮捕された。