胡鞍鋼の経歴とは

 それでは、胡鞍鋼はどのような経歴の持ち主なのか。中国語ネットの検索サイト「百度百科」で彼の経歴を調べた結果をまとめると以下の通り。

【胡鞍鋼】
(1)原籍は浙江省“嘉興市”の管轄下にある“嘉善県”、1953年4月27日遼寧省“鞍山市”生まれの65歳。胡鞍鋼は知識分子家庭の出身で、両親は共に“上海交通大学”の卒業生であり、全国労働模範になったこともある。1966年5月に“文化大革命”が始まると、胡鞍鋼は1969年に多くの知識青年と同様に黒龍江省の“北大荒”へ送られ、黒龍江省の“生産建設兵団”の一員になった。1976年10月に文化大革命が終結すると、胡鞍鋼は華北冶金地質探査チームへの転属を命じられ、環境が劣悪な農村で苦しい探査業務に明け暮れた。

(2)1977年に文化大革命で中断していた“高考(全国統一大学入試)”が再開された。文化大革命の影響で、まともな学校教育を受けることができず、小学校卒業程度の教育レベルしかない胡鞍鋼は全国統一大学入試に参加し、努力の末に“唐山工学院”(現:華北理工大学)への入学を許された。1978年に唐山工学院へ入学した後、1988年までに“北京科技大学”、“中国科学院”で学び、中国科学院自動化研究所で学士、修士、博士の学位を取得。1991年には米国のエール大学へ留学、1993年に帰国。2004年にロシア科学院極東研究所から名誉経済学博士号を授与された。現職は、清華大学国情研究院院長、清華大学“公共管理学院”教授、博士課程指導教官。

(3)2007年12月までに中国の国情と発展研究シリーズの著作(12冊)、共著(16冊)、編集(9冊)、共同編集(6冊)、英文著作(5冊)の計47冊の書籍を正式に出版している。彼が書いた国情報告は、中国の上層部にとって必読の書物であり、中国政府の関係部門や委員会の招請に応じて、国家の長期計画策定や部門のコンサルティングに参画している。胡鞍鋼は相前後して国内外の多数の賞を受賞している。2012年7月3日、胡鞍鋼は中国共産党第18期全国代表大会に参加する北京市代表に当選した。2018年1月には清華大学で最初の“文化資深教授(文化系ベテラン教授)”に選出された。

 要するに、胡鞍鋼は、「文化大革命の初期に学ぶ機会を失った“紅小兵(小学校卒業生)”であり、中期に農村へ“下放(かほう)”された知識青年であり、末期には“工農兵(労働者、農民、兵士)”から推薦されて大学へ入学を果たした大学生」の1人なのである。全国統一大学入試が復活した最初の年であったとはいえ、いくら努力しても小学校卒業程度の教育レベルで大学に合格するはずはなく、優秀だったからではなく、推薦で入学できたに過ぎない。

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