10月3日の午前中に、山東省中部の“莱蕪(らいぶ)市”にある“莱蕪鋼鉄集団有限公司医院”(以下「莱蕪医院」)で悪質な傷害致死事件が発生した。1人の小児科医が莱蕪医院に不満を抱く患者の家族に刃物でめった切りにされて頭部に重傷を負い、医師たちによる応急処置もむなしく死亡した。多数の中国メディアが報じた事件の詳細を取りまとめると以下の通り。

度々の騒動の末、青龍刀で凶行

【1】10月3日午前11時頃、莱蕪医院で小児科医師の“李宝華”が患者の父親である“陳某”に青龍刀で全身をめった切りにされた。傷は身体に15カ所、頭部に12カ所の合計27か所に及んだが、頭部は重傷であった。陳某は急を聞いて現場へ駆け付けた医院の職員に青龍刀をチラつかせ、彼らが李宝華に応急処置を施そうとするのを一度ならず阻止したというが、最後は通報を受けて現場へ急行した警察隊によって現行犯逮捕された。

【2】李宝華は陳某が取り押さえられてからすぐに緊急治療室へ運ばれた。莱蕪医院の外科医たちに付近の大医院から駆け付けた医師たちを加えた医師団は李宝華に5時間にわたる懸命の救命治療を行ったが、頭部に負った重傷が致命傷となり、李宝華は午後4時過ぎに帰らぬ人となった。死亡した李宝華は35歳の小児科医であり、彼の妻も莱蕪医院に看護師として勤務している。また、二人には今年9月に小学校へ入学したばかりの子供がいる。

【3】2016年1月中旬、凶行に及んだ陳某の妻は出産のために莱蕪医院へ入院した。1月19日、妻は無事に女児を出産したが、女児には重大な先天性疾患があり、有効な治療方法が見つからなかった。この時、陳某を含めた女児の家族は女児を救うための方策について李宝華に見解を求めた。李宝華が他の専門医と共に医学の観点から女児が置かれた状況を詳細に説明して治療を断念することを勧告した結果、家族は最終的に治療の放棄に同意し、女児は2日後の1月21日に新生児敗血症、肺炎などの合併症を引き起こして死亡した。

【4】その後、女児を亡くした陳某は莱蕪医院に対して何度も賠償を請求したが、莱蕪医院はこれを拒否して賠償協議書が締結されることはなかった。この対応に不服を抱いた陳某は莱蕪医院を度々訪れては、医院の事務用品を叩き落とすなどして騒動を巻き起こしていた。一方、陳某は女児が死亡したのは李宝華が治療を断念したことに起因すると逆恨みし、李宝華に報復することを計画していたものと思われる。10月3日の事件当日、陳某は青龍刀を引っ提げて莱蕪医院の宿直室へ侵入し、李宝華に襲いかかった。李宝華は宿直室内で何回か切り付けられた後、ナースステーションへ逃げようとしたところを陳某に捕らえられ、執務室に引きずり込まれて青龍刀でめった切りにされたのだった。

【5】10月5日午後、莱蕪医院の医師・看護師および李宝華の教え子たちが自発的に組織した李宝華の追悼式典が莱蕪医院の前庭で厳かに挙行され、千人以上の人々が参加した。その中には、李宝華の親友のみならず、彼が生前に治療した小児患者の父母たちも含まれていた。李宝華は莱蕪医院の医師であると同時に“泰山医学院”でも教鞭を執っていて、学生たちから慕われていた。その教え子たちは李宝華が患者の家族に襲われて死亡したことに大きな衝撃を受け、午後3時に追悼式典が終了した後も、多数の学生がその場に留まって李宝華の冥福を祈り、涙を流して悲しみに暮れた。

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