湖北省の“洪山監獄”は省都“武漢市”に属する“江夏区”の“廟山開発区”にある。9月27日朝6時15分、洪山監獄の正門脇に1台のワゴン車が横付けされた。車から降り立った1人の中年女性が正門脇の守衛所で入構の手続きを行った。入構許可を取得した女性が車に戻ると、守衛によって電動で開閉する正門の柵が開けられ、車は監獄の構内へ走り去った。それから35分後の6時50分頃、正門の柵が開けられて女性の運転する車が出て来たが、車の助手席には16年の刑期を終えて釈放された“牟其中(むきちゅう)”の姿があった。
かつての大富豪、詐欺罪で懲役18年
牟其中とはどのような人物なのか。筆者が牟其中という名を初めて知ったのは2006年頃で、まだ現役で東京都中央区勝どきに所在する商社に勤めている時だった。当時、中国へ送る書類がある時は会社が所在するビル群の中に事務所を構えるFedEx(フェデックス)社の国際宅配便を利用することが多かった。ある時、送付する書類があるとFedEx社の事務所に連絡を入れた所、送付する書類を受け取りに来たのがFedEx社の事務所長である中国人のX氏であった。X氏は業務の関係で我が社の入館証を持っていたようで、その後は我が社の社員食堂で何度も顔を合わせるようになり親しくなった。
ある時、X氏が国際宅配便で送る書類を受け取りに来社したのに、書類がまだ整っておらず、10分程待ってもらう必要があった。その待ち時間を筆者はX氏と会議室で雑談したのだが、その時にX氏の前歴を聞いたところ、彼から出たのが日本へ来る前は牟其中の秘書だったという話だった。当時は牟其中などという人物を知らなかった筆者は、「牟其中っていうのは誰」とX氏に質問したが、X氏から出た言葉は「中国の大富豪だったが、詐欺罪で懲役18年の刑を受けて、今は刑務所に収容されている」とのことだった。この時、X氏はそれ以上のことを話したくなさそうだったし、筆者も己の無知を恥じて、詳しいことは聞かなかった。X氏が帰ってから慌てて牟其中について調べてみると、後述するように驚くべき人物であることが判明したのだった。
X氏がそんな異色の人物の秘書だったと知って、牟其中について詳しい話を聞こうと思っていた矢先、X氏が勝どきにある超高層マンションの自宅から飛び降り自殺して亡くなったという訃報を聞いた。X氏はFedExの輸送機で毎週金曜日の夜に上海へ行き、日曜日に東京へ戻る日程で、中国国内でも個人的にビジネスを行っていたようだから金回りは良かったと思うが、見るからに精力的であり、人懐こく笑顔の絶えないX氏に一体何が起こったのか。筆者にはX氏の死が信じられなかった。牟其中が刑期満了で釈放されたというニュースを知って、筆者はすでに死後10年になろうとするX氏を思い出したのだった。X氏には筆者の中国人の友人が中国政府“国家安全部”により国家機密漏洩の容疑で逮捕された時にも、FedExの国際宅配便で“国家安全部長”宛に日本の友人が作成した嘆願状を届けるのにも尽力してもらった。
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