宿泊騒動が中国とスウェーデンの外交問題に
原因はスウェーデンのダライ・ラマ14世訪問受け入れか
スウェーデンを訪れたダライ・ラマ法王(写真:TT News Agency/アフロ、2018年9月9日撮影)
中国とスウェーデンの外交問題に発展したストックホルムのホステルで発生した中国人親子3人による宿泊騒動に起因する事件は、日本のテレビ各局が番組で取り上げたので、ご存知の方もおられると思うが、各種メディアが報じた事件の概要をとりまとめると以下の通り。
【1】スウェーデンの首都、ストックホルムのヴァーサスタン(Vasastan)地区に所在する格安のホステル“Generator Hostel Stockholm”(以下「ホステル」)に、中国人親子3人(“曽”姓の息子とその両親)が到着したのは、9月2日の午前0時過ぎだった。息子は荷物をロビーに置くとフロントカウンターに歩み寄り、応対した宿直の職員に自分の名前を告げて、同日の宿泊予約をしているので、直ちに部屋を手配するよう要求した。職員はこれに対し、今は満室で用意できる部屋がないし、確かに9月2日の予約はあるが、9月2日のチェックインは午後2時からなので13時間半後に出直して欲しいと応じた。
【2】この言葉を聞いた息子は激高し、9月2日の予約があるのに部屋を手配できないとは何事かと大声を張り上げた。時間は真夜中であり、宿泊中のゲストに迷惑をかけるわけには行かないと、職員は必死に怒りを抑え、冷静に息子に対応したが、息子はチェックインが午後2時からなどということは知らなかったと屁理屈を並べて部屋の手配を執拗に要求した。息子がいくらまくし立てても、職員が全く取り合おうとしなかったので、息子は諦めた様子で、ソファーに座っている両親の所へ戻った。職員は3人が荷物を持って立ち去るものと思っていたが、3人は意外な行動に出たのだった。彼らはロビーの大きなソファーに横たわって就眠しようとし始めたのだ。
【3】これに驚いた職員は、3人に対して安全上の観点からロビーでの就眠は許されないと伝えて、直ちにホステルから退去するよう要求したが、息子は憤然と「どうしてロビーで寝てはいけないのか。俺たちは予約を持っている客だぞ。チェックインするまで、ここで待っていて何が悪い」と食って掛かる始末。またしても、息子と職員の間で激しいやり取りが交わされたが、そうこうするうちに息子が「自分の両親は病気持ちなので、この寒空(当時の気温は10℃以下)に追い出されて何かあったら、どうしてくれるのだ。お前に責任を取ってもらうぞ」と脅しをかけた。
親子3人は「森の墓」へ
【4】職員がソファーで寝ている両親の方を見ると、息子に何か言われたのだろう、彼ら2人は急に病気で苦しんでいる素振りを始めた。病気持ちで苦しむような人間が、中国から遠路はるばるスウェーデンまでやって来るはずはない。職員はこのまま無益な交渉を続けてもらちが明かないと判断して、不法滞在を理由に事態を警察へ通報した。スウェーデン警察の警官数名がホステルへ到着したのは午前1時43分と警察の記録にあるから、3人はホステルのロビーに1時間半以上滞在し、その間に息子が職員と揉めていたことになる。
【5】ホステルに到着した警官が、3人の中国人親子にホステルからの退去を求めると、息子が「この夜更けにどこへ行けと言うんだ。私たちはこのホステルに予約があるのに、どうして退去しなければいけないのか」と大声を上げて退去を拒否した。ホステル側から要請があった以上、警官は3人をホステルから退去させるのが任務である。3人は懸命に抵抗したが、⼤柄な警官たちによって力ずくで次々とホステルの出入口から運び出され、ホステルに面した歩道上に放置された。
【6】すると、父親が突然路上へ倒れ込み、それを見た母親が大きな身振りと大声で泣き叫び始めた。この状況は息子自身が撮影したと思われる動画に収められているが、動画には「皆さん見て下さい。スウェーデン警察は人殺しだ」と叫ぶ息子の声が録音されている。警察が撮ったと思われる動画には、息子は突然路上に横たわり、“they are killing us, killing us (人殺し、人殺しだ)”と大声で叫んでいる映像が映っている。その動画には、彼ら3人を取り囲んで見守る警官と刑事と思われる人物が映っているが、彼らの「やっていられない」という感じで呆れ果てた表情が興味深い。
【7】その後、警官たちは中国人親子3人を警察車両に乗せてホステルから10キロほど離れた場所にある地下鉄の「森の墓(Skogskyrkogarden)」駅へ運び、彼らをその場で釈放した。これはこの地に24時間開放の誰でも宿泊させてくれる教会があることと、地下鉄を利用すればどこへでも移動可能という理由があったのだが、現地事情に疎い彼ら3人には到底知る由もないことだった。
中国メディアが報じた内容
さて、この事件の後、当事者である息子が駐スウェーデン中国大使館へ駆け込み、病気を抱える両親を含む中国人3人が、スウェーデン警察により粗暴な扱いを受けた上に、寒空の下で市街地から30キロも離れた墓場へ運ばれて放置され、非人道的な扱いを受けたと訴えた。中国大使館員に対して息子が話した内容の詳細は不明だが、中国人の民族性を考えると、自分たちには全く非は無かったと説明したものと思われる。息子は騒動後に、ツイッターに騒動に関するアカウントを作り、英文で連続して10数本の書き込みを行っているが、中国メディアが報じたその一部を紹介すると以下の通り。
表題:スウェーデン警察が中国人を虐待(2018年9月2日)
スウェーデン警察は本日、過激な方法を用いて2人の中国老人を痛めつけた。スウェーデン警察は力ずくで彼らを冷たい地面へ引きずり出した後、彼らをストックホルム市内から30キロ以上離れた墓地へ運んで置き去りにした。この愚かな行為は午前2~3時に行われた。彼らスウェーデン警察は人殺しだ(They are just killing people)。
恐らく息子が中国の官営メディアに事件の発生を連絡したのだろう、中国メディアはスウェーデンで中国旅行客が非人道的な扱いを受けたとして事件を大きく報道した。当然ながら、その報道は息子の情報提供を受けたものだから、中国人家族3人には何ら非はないという内容であり、息子が提供した動画の映像は2人の老人がスウェーデンの警官によって非人道的な扱いを受けたと思えるものだった。
中国メディアが事件を大きく報じたことで、中国国民には「スウェーデン人は中国人を馬鹿にしている」といったスウェーデンに対する反発が沸き上がった。中国政府“外交部”スポークスマンの“耿爽(こうそう)”は、9月17日に行われた定例記者会見の席上で当該事件に言及し、「駐スウェーデン中国大使館および中国外交部がスウェーデン政府に対して、中国の観光客が粗暴な扱いを受けたことについて抗議した」と表明すると同時に、スウェーデン政府に事件の詳細を調査して、その結果を速やかに回答するよう要求したと述べた。
スウェーデン外務省スポークスマンのパトリック・二ルソン(Patric Nilsson)は同日にこれに答えて、「スウェーデン警察は独立行政機構であり、スウェーデン政府はこの種の調査を行えないばかりか、巻き込まれるべきではない」と述べて中国外交部の要求を拒否した。
さらに、スウェーデン警察を監督する立場にある上級検察官のマット・エリクソン(Mats Ericsson)は、本事件はすでに解決済みで、再調査するつもりはないと言明した。エリクソンが地元紙「Aftonbladet」に述べたところによれば、スウェーデン警察が特定の個人をある場所から別の場所へ移動して放置することは、法律に基づく行為であり、スウェーデン警察では通常行われる措置であり、何ら問題とはならないのだという。
事件は中国とスウェーデンの外交問題にまで発展したが、中国国内外のネットユーザーは事件の当事者である息子の情報に立脚した中国国内の報道に疑問を呈した。中国人親子3人が予約していたのは9月2日の午後2時以降にチェックインする部屋であり、それより13時間も早い時点で部屋を要求するのは常識では考えられない異常な行為である。ホステルのような低価格の宿泊施設では、人件費削減のために、夜間のフロント事務は行わず、保安のために宿直職員を置いているのが普通である。従い、保安上の観点から旅客のロビー宿泊は禁止されているのが通例で、職員が親子3人にロビーからの退去を要求したのは当然のことであり、警察に通報して強制的に退去させたことも何ら問題ではない。
突き止められた3人の身元
多くのネットユーザーは極めて理性的に事件を分析して上記のような結論にたどり着いた。そこで始まったのが中国人親子3人の“人肉検索(ネットユーザーが協力して特定の個人の詳細を探り当てて暴露すること)”であった。そこでヒントとなったのは、息子が“曽”姓であることであった。9月18日にあるネットユーザーが、息子の名前は“曽驥(そうき)であり、天津市に本部を置く生物医薬大手の“天士力控股集団(Tasly Holding Group)”のナイジェリア子会社の“総経理(社長)”であることを突き止めた。同じネットユーザーはその後の調べで、曽驥の両親は共に教育関係の仕事に従事していることを突き止め、彼ら3人の評判が芳しくないことも暴露した。
この情報に基づき、ネットユーザーたちおよびメディアの記者が情報収集を続けた結果、以下の事実が判明した。
(1)曽驥が社長を務める天士力控股集団のナイジェリア子会社は、何度もマルチ商法に関わる詐欺で訴えられていた。
(2)曽驥はすでに天士力控股集団を退職しているが、在職中に出張名目でカネを引き出しては各地を遊び回っていた。人品は極めて卑しく、仕事は自分でやらずに部下へ丸投げし、何か問題が発生すると責任を部下に押し付ける。
(3)曽驥がかつて部下に得意気に語ったところでは、中国国内線のフライトが遅れた時に、彼の両親が航空会社のカウンターに乗って大騒ぎし、手続き待ちの行列ができて困惑した航空会社の職員が彼らを優先的に⼿続きしてくれたのだという。しかし、彼の両親は教育者だというから呆れて物が言えなかった。
要するに、曽驥という人物は札付きの悪であり、その両親も同類であることが判明したのである。さらに悪いことには、事件発生から2週間後の9月17日に、彼ら3人が事件後もストックホルムにとどまり、市内を楽しく観光して回っていた事実が、ネット上に写真付きで暴露されたのだった。こうなると、スウェーデン政府に対して拳を振り上げた中国外務省も駐スウェーデン中国大使館も立つ瀬がないが、駐スウェーデン中国大使の“桂従友”は、9月19日に行われた地元メディアのインタビューに応じて以下のように答えた。
この数年、スウェーデンの一部メディアや名士が中国を対等に位置付けていない。彼らは口ではスウェーデンは小国だと言いながら、常に中国のあらを捜して批判し、反中国の指令を出す。これらの人々は知識人だとうぬぼれ、中国に対する傲慢、偏見、先入観、無知が充満している。スウェーデンのこのような勢力、メディアおよび個人が、中国に対する高姿勢を放棄し、中国と対等に付き合うことを希望する。この基礎と原則の上に立ってこそ、中国・スウェーデン関係はさらなる発展が期待できる。
桂従友のインタビュー記事を読んだスウェーデン国民は、その傲慢な態度に怒りを覚えた。9月21日夜に放映されたスウェーデンテレビ(SVT)の番組「スウェーデン・ニュース」で、司会者のコメディアンで作家のジェスパー・ロンダール(Jesper Ronndahl)が、中国人観光客のスウェーデン訪問を歓迎するが、文化の衝突を避けるために提案をすると前置きして、「歴史的建造物に小便をするな」と述べると同時に中国語の「大便禁止」の標識を画面に映し出した。また、彼は「中国人は人種主義者である」と言明して、「スウェーデンには多様な人種が生活しており、誰もが平等な権利を有する原則を支持しているが、中国人にはこの原則は適用できないようだ」と述べた。そして、最後にロンダールは、⼦供に言い聞かせる⼝調で、「中国人観光客のスウェーデン訪問を歓迎しますが、もしも貴方たちの態度が良くなければ、我々は貴方たちのお尻をペンペンしますよ」と述べた。この時、画面にはホステルから追い出された後に「人殺しだ」と叫んでいる曽驥の映像が映し出された。
ダライ・ラマ14世がスウェーデンを訪問
翌22日、駐スウェーデン中国大使館は、インスタントメッセンジャーアプリ微信(WeChat)の公式アカウントを通じて、SVTの「スウェーデン・ニュース」は、中国を侮辱した番組であり、司会者のロンダールは中国と中国人の言論を口汚く罵ったと非難し、SVTおよび番組は速やかに謝罪せよと要求して、中国はさらなる措置を取る権利を保留すると表明した。
この事件がこれで幕引きとなるかどうかは分からないが、中国メディアが報じたスウェーデン滞在30年の中国人女性は、「今まで一度もスウェーデンの警官が庶民に理由もなく粗暴な態度を取るのを見たことはない。中国政府がこの事件に対し高飛車な態度を取るのは、何らかの政治的関係があるのではないか」と述べたという。これは正しい推測であった。9月12日にチベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世がスウェーデンを訪問して、公開会議に出席していた。
その2日後の9月14日には、駐スウェーデン中国大使館が中国人観光客に対して、「スウェーデンで中国人観光客が盗難やひったくりに遭う事件が多発し、財産の損失や安全の脅威に注意が必要である。また、公務員による粗暴な対応を受ける恐れもあるので、中国国民は警戒心を高めるよう要求する」との警告を出した。
中国はダライ・ラマ14世の動きを厳しく警戒しており、各国が彼の訪問を受け入れることに強く反対を表明し、常に彼の海外訪問を監視し、阻止すべく外交的な圧力をかけている。
恐らく9月12日のダライ・ラマ14世のスウェーデン訪問に対しても、中国政府はスウェーデン政府に圧力をかけたが拒否されたものと思われる。
そこで、うがった見方をすれば、失業中の曽驥とその両親を観光旅行名目でストックホルムへ送り込み、およそ常識では考えられない10数時間前のチェックインを要求して騒動を引き起こさせて、スウェーデンに対して嫌がらせを行い、外交的にスウェーデンを非難する理由を作った可能性を否定できない。その可能性がないなら、曽驥とその両親は宿泊費を節約するために大騒動を引き起こした大馬鹿者ということになるが、真相は如何に。
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