一般の家庭では1万元は大した金額ではないが、父親の収入が唯一の収入源である徐玉玉の家にとっては3か月分の収入に相当する金額であり、爪に火を灯すように節約に節約を重ねること6か月でようやく蓄えることができる大金だった。それを良く知る徐玉玉にとって、怒りも見せない母親が発する慰めの言葉は自責の念を強めることに作用した。19日の夜7時頃、父親の徐連彬は三輪車の荷台に徐玉玉を乗せ、家から近い“羅庄公安分局”傘下の“西高都派出所”へ出向いて事件を届け出た。応対した警察官は徐玉玉から事件の全貌を聴取して記録を取ると、2人に家へ戻って待つように言い、2人は三輪車に乗って派出所を後にした。走り始めてしばらくすると雨が上がって涼しくなったので、三輪車をこいでいた徐連彬が徐玉玉に上着を着るように言おうと後ろを振り返ると、徐玉玉が頭を傾けたまま荷台に倒れていた。何かおかしいと思った徐連彬が三輪車を止めて荷台に駆け寄り、徐玉玉を抱き起すと、その身体は力無く、人事不省に陥っていた。

頭を傾けて荷台に倒れ…

 徐連彬は慌てて救急の120番に電話をかけ、駆け付けた救急車が徐玉玉を医院へ搬送した。徐玉玉は医院の応急手当を受けて一時的に生命を取り止めたが、危機的状況を脱することができず、2日後の8月21日夜9時30分頃、この世を去った。22日午前中に徐玉玉の葬儀が行われ、彼女の同級生、親友、学校の教師などが参列して徐玉玉を見送った。葬儀の席上、両親の悲しみようは尋常ではなく、周囲の人々の涙を誘った。徐連彬はメディアの記者に「あの詐欺師は娘の命を奪った」と述べて、警察が早急に犯人を逮捕することが娘の供養になるし、第二第三の犠牲者を出さないことにつながると語ったのだった。

 8月21日夜に「学費を騙し取られた女学生が死亡」という書き込みがネットの掲示板や“微信(WeChat)”を通じて全国に報じられ、翌22日にはメディアが徐玉玉の死を報じたことにより、事件は世間の注目を集めた。事件が全国に報じられたことから、臨沂市公安局は専従捜査チームを発足させ、事件の早期解明と犯人逮捕に全力を挙げることを表明した。また、中央政府“公安部”も同事件に関し全国の各省・自治区・直轄市の公安局に対し協力を指示した。

 事件の唯一の手掛りは、徐玉玉が犯人の男から知らされた「171」から始める携帯電話の番号と指定された銀行口座だった。しかし、「170」と「171」から始まる携帯番号は山東省のみならず、江蘇省、広東省、福建省、浙江省、湖南省、陝西省などの各地で“電信詐騙(電気通信詐欺)”<注>で多用されている。中国では携帯電話の実名登録制が実施されているにもかかわらず、170と171から始まる携帯電話は依然として闇業者によって実名登録なしで販売されている代物で、犯人逮捕の手掛りにはならなかった。また、銀行口座は赤の他人の身分証明書を使って開設されたもので、何の手掛りにもならなかった。

<注>“電信詐騙(電気通信詐欺)”とは電話、インターネットおよび“微信”などの電気通信を通じて、虚偽情報をねつ造して被害者をペテンにかけ、被害者を遠隔操作してカネを振り込ませたり、振替させることによって被害者のカネを騙し取る悪質な詐欺。

 そこで、捜査の方向を電気通信詐欺グループや情報漏えいの根源を解明することに転換した専従捜査チームは捜査を進めた結果、犯罪容疑者として“杜某”が浮かび上がった。杜某はIT技術を利用して「山東省2016年全国大学統一入試ネット出願情報システム」に侵入し、ウェブサイトにトロイの木馬型ウイルスを埋め込んでアクセス権限を取得し、徐玉玉を含む受験生の志願情報を大量に盗み出した。7月初旬、犯罪容疑者の“陳文輝”は江西省“九江市”に住宅を借りて詐欺活動の拠点とし、ネット検索で「全国大学統一入試データ」や「学生資料データ」の内容を調べると同時に、関連個人情報の購入希望を当該データ内の掲示板に書き込んだ。