河南省の“瞧県(しょうけん)”は省東部に位置する“商丘市”の管轄下にある。7月5日、その瞧県にある“瞧県人民法院(下級裁判所)”で“大媽討債団(おばさん債権取立グループ)”の主要構成員14人に対する判決が下された。彼らは“黒社会(暴力団)”的組織を結成し、指揮、参加した罪と“尋釁滋事罪(故意に騒動を起こした罪)”で裁かれ、懲役2年から11年までの実刑を言い渡されたのだった。この一審判決後、14人の被告人のうち12人は判決を不服として“商丘市中級法院(地方裁判所)”へ上訴したというから、そう遠くない時期に当該事案は商丘市中級法院で二審の裁判が行われるものと思われる。

 彼らが懲役刑に処せられたのはなぜなのか。8月7日付の北京紙「新京報」が事件の詳細を報じたが、その概要は以下の通り。

45歳で失明、生活に困る中…

【1】懲役5年の判決を受けた“高雲”(仮名)は商丘市の“梁園区平原辦事処”に属する“劉庄村”の住人で、45歳の時に糖尿病を発症して両目を失明し、不自由な生活を余儀なくされた。3~4年前、高雲は村内の知り合いのおばさんに誘われ、人助けで初めて債権取立に参加した。毎日何もすることがなくて退屈していた高雲は気分転換に参加したのだが、やってみたら債権取立は楽しかったし、食事にありつけたことがありがたかった。高雲の亭主は何年も前に死去し、娘は商丘市の市街区へ移り住み、当時彼女は1人で劉庄村に住んでいた。しかし、失明しているために自力では生活できず、食事まで友人に頼る始末だった。

【2】高雲を債権取立に誘ったおばさんは親友で、彼女は動員した年配の女性たちに債務者をはやし立てて脅威を煽らせた。劉庄村にある数百戸は大多数が親類や友人で、誰かが困っていれば助け合うのが当たり前だった。いとこの一家は頻繁に高雲の面倒を見てくれていたので、いとこの息子が協力を要請した時には、高雲は進んで債権回収に協力した。一般に彼女たちに債権回収の協力を要請するのは村内の零細な経営者たちで、彼らはいとこの息子と同世代の若手だった。

【3】劉庄村は典型的な郊外地で、梁園区政府から5km、商丘市政府から10kmの距離にあり、その沿道で建設が盛んに行われていたので、村民の多くが建築業に従事していた。劉庄村では、肉体労働者が雇用主に遅れた賃金の支払いを要求し、工事請負業者が施工主に遅滞した工事費の支払いを要求するのはごく普通の事だった。数年前、全国の不動産業に比較的大きな不況の波が襲い、商丘市内でも非常に多くの企業が資金不足に陥って資金回収が困難となり、債権回収を巡る紛争が頻発した。工事の請負契約は支払い期限や支払い遅延の場合の延滞金に関する規定が書かれただけの簡単なものであったが、期限内に工事費が支払われるのは半数にも満たなかった。債権回収が容易ではないことから、民間では各種の債権回収グループが出現することになった。