7月24日、北京市の中心に所在する“天安門広場”から南へ約6kmに距離にあり、“南三環路(南第三環状道路)”の外側に位置する“大紅門国際会展中心(大紅門国際会議展覧センター)”(以下「大紅門センター」)の周囲には“善心滙文化傳播有限公司”(以下「“善心滙(ぜんしんかい)」)の会員数万人が集結し、「“善心滙和天下永遠跟党走(善心滙と天下は永遠に中国共産党と共に歩む)”」などと書かれた横断幕を掲げ、善心滙幹部の釈放を要求する請願のシュプレヒコールを繰り返した。
この請願の起因となったのは、6月4日に湖南省“永州市”で発生した事件だった。
7月21日、北京へ集結せよ
6月4日、“永州市公安局”は“傳銷(ねずみ講)”の疑いがあるとして善心滙に対して2000万元(約3.2億円)以上の“保護費(用心棒代)”を支払うよう要求したという。善心滙の代表で“董事長(理事長)”の“張天明”がこれを拒否すると、翌5日の夜に永州市公安局“経偵支隊(経済犯罪捜査チーム)”の隊員が善心滙の本部がある広東省“深圳市”へ出向き、善心滙のデータセンターから技術者8人を連行すると同時に張天明を含む善心滙の幹部職員数名を逮捕し、併せて詐欺の名目で善心滙の資金1.1億元(約17.6億円)を凍結して善心滙の運営を危機に陥れた。
これに抗議した善心滙は全国各地の会員に対して湖南省の省都“長沙市”へ集結するよう招集をかけ、6月9日、10日の両日にわたって善心滙は長沙市政府庁舎前で抗議集会を行い、張天明以下の善心滙職員の釈放を要求した。拡声器を使ったリーダーの音頭に合わせた1万人以上の会員によるシュプレヒコールは市政府庁舎周辺に響き渡り、市民を驚かせた。この抗議活動が功を奏したのか、数日後に張天明以下の職員は釈放されたが、7月に入ると中央政府“公安部”は善心滙を“非法傳銷組織(非合法なねずみ講組織)”と認定して張天明以下の幹部職員を逮捕した。
7月20日、善心滙は会員たちに緊急通知を出し、7月21日に北京市へ集結して関係当局に対し張天明以下の幹部職員の釈放を要求すること、また会員が立て替えた旅費は後日精算する旨を連絡した。こうして7月21日から善心滙の会員たちが三々五々北京市入りし、“西城区永定門”に所在する“中国共産党中央紀律検査委員会”(以下「中紀委」)などに集合して善心滙幹部職員の釈放を要求する請願運動を展開した。22日も請願運動は中紀委ビル前などで継続して行われたが、23日には請願場所を天安門広場へ移し、デモ行進が禁止されている天安門広場で会員たちは“紅歌(共産党をたたえる歌)”を歌いながらデモ行進を行った。
一方、公安部は7月21日付で、全国各地の公安機関に対して次のような通達を出した。
(1)広東省深圳市にある善心滙の代表である張天明などがねずみ講活動を組織、指導するなどした犯罪に対する調査が進行中であり、張天明など多数の犯罪容疑者にはすでに法に基づき刑事強制措置が取られている。
(2)初歩的調査で、張天明などは“扶貧済困、均富共生(貧困救済により等しく富んで共に生きる)”などを表看板に人員参加のねずみ講活動を画策、運営、発展させ、巨額の財産を騙し取った容疑が明らかになった。
(3)近年来、ねずみ講犯罪が多発しており、不法分子は犯罪手法を絶えず変え、“金融互助”、“愛心慈善(他人への思いやりの慈善)”、“虚偽貨幣(仮想通貨)”、“電子商務(電子ビジネス)”などの各種名目で、ねずみ講活動を画策、組織し、庶民財産の安全を甚だしく侵害し、経済社会秩序を深刻にかき乱している。
63人を刑事拘留、4人を治安拘留
こうして迎えた7月24日、善心滙は北京市入りした会員たちを上述した大紅門センターへ集結させ、張天明以下の幹部職員の釈放を要求する請願運動を大々的に展開した。メディアが報じたところでは、大紅門センターの周囲に集結した善心滙会員の数は6万人に上ったというが、彼らの大部分は老人や婦女子、身障者であった。大紅門センター前の広場に入り切れなかった会員たちは、周辺の道路の両側に横断幕を掲げて立ち並び、通行する車両や人々の注目を浴びた。
同日、北京市当局は数千人の警察官を配備して善心滙による請願運動の警戒に当たらせたが、北京市幹部が請願運動のリーダーと面談した後、北京市当局は手配した100台以上の大型バスで善心滙会員たちを移動させ、会員たちをそれぞれの居住地へ送り返した。この際、会員たちと警察官との間に衝突は発生せず、会員たちは素直にバスに乗って帰路に着いたという。
7月26日、北京市公安局は次のような発表を行った。
近頃、一部の扇動された善心滙会員が上京して違法な集会を行った件に対して、公安機関は迅速に行動し、現場秩序を有効に維持し、首都の安定と人々の安全を確保した。個別の問題を起こしたり、警察の指示に従うのを拒否した者たちに対しては、法に照らして強制隔離審査を行っている。7月26日までに、63人の犯罪容疑者を社会管理秩序妨害罪の容疑で“刑事拘留”しており、4人を公共場所の秩序を乱した違法行為により“治安勾留”している。
ところで、公安部によって「非合法なねずみ講組織」と認定された善心滙とは何なのか。
善心滙は2013年5月24日に張天明などによって登録資本金5万元(約80万円)で設立された。企業登記は深圳市の“市場管理局福田局”でなされたが、その経営範囲は、文化活動、会議、展覧展示、企業イメージ、市場販売などの企画となっていた。善心滙代表の張天明は1975年生まれの42歳、黒龍江省ハルビン市の出身で中学卒業の学歴しかない。彼はかつて衣料品や浄水器などの商売を行っていたが、2013年頃に深圳市宝安区へ移り住み、いくつかの事業に手を出した後に善心滙を設立した。
彼を知る人物によれば、張天明は話が上手く、人当たりは良いが、ほら吹きで、100万元(約1600万円)の事を他人には500万元(約8000万円)と言うのだという。また、常々自分は39件の特許を持っていると言っているが、これは全くの嘘である。さらに、彼は何かを考え出しても、自分ではやらず、大風呂敷を広げて、他人にやらせるのだという。
「ほら吹き」が集めた会員は500万人超?
そうした話上手で愛想が良く、虚言癖がある張天明が代表を務める善心滙は、2016年5月からインターネットを通じた投資事業を開始した。それは“貧困救済、均富共生”を表看板にして、慈善を名目に出資を募る投資事業であったが、その実態は高収益を餌に庶民の出資を煽るねずみ講であった。その方式は中国のことわざで言う“拆東墻補西墻(東の壁を壊して西の壁を補修する)”であり、日本語なら自転車操業と言うべきもので、投資者から預かった出資金を運用することなく他の投資者へ配当金として支払う「ポンジ・スキーム(Ponzi scheme)」と呼ばれる典型的な詐欺ビジネスである。
2017年7月時点で、善心滙の会員は全国各地に500万~600万人いると言われている。事業を開始した2016年5月からわずか1年3か月の間にそれだけの会員を獲得したのは驚くべきことだが、そこには人々が競って会員になる理由があった。善心滙は会員による投資を慈善のための寄付という名目で“布施”と呼び、投資の見返りとして受け取る利益を寄付受領の意味で“受助”と呼ぶ。善心滙の会員になるには、会員の推薦を受けた後に年会費300元(約4800円)を支払えば良く、会員番号を取得すれば下図のような投資コースを選択することができる。
特困区と貧困区を総合して“貧窮区”と言うが、これは貧困者向けの投資コースである。小康区の“小康”とは「まずますの生活レベル」を指し、中産階級向けコースである。富人区は富裕階級向けコース、特善区は超富裕階級向けコースである。善心滙の表看板は貧者救済であるから、貧困者には最高30~50%と高い収益率を設定し、中産階級には最高20%、富裕階級には最高10%、超富裕階級には最高5%をいう形で、段階的に収益率を低くした。会員は新たな投資者を入会させれば、新規会員が投資した金額の2~6%を“布施”として受け取ることができるから、新規会員の獲得に励む。これが事業開始からわずか1年2か月で、善心滙が500~600万人もの会員を擁するようになった理由である。
会員は230万人余、資金不足は92億元
世の中に3000元(約4万8000円)を投資して、20日後には900元(約1万4400円)の収益を加えた3900元が支払われるなどというおいしい儲け話はあるはずがない。しかし、張天明は2017年1月10日に“中国婦女発展基金会”へ1000万元(約1億6000万円)を寄付して「特定項目救助基金」を設立するなど、善心滙の知名度を上げる戦略を展開することによって新規会員の獲得に注力したのだった。それもそのはずで、新規会員の加入が急減、あるいは途絶えれば、ねずみ講である善心滙の運営が立ち行かなくなることは、張天明自身が一番良く知っていたからである。
中国国営の「新華社通信」は7月28日付で「善心滙によるねずみ講事件」に関する公安部の調査状況を報じた。それによれば、張天明が善心滙の投資事業として宣伝していた案件のほとんどは有名無実であり、投資先としていた企業はどれも名ばかりのペーパーカンパニーだった。また、6月1日時点における善心滙の会員は230万人余りで、会員資金の不足は92億元(約1472億円)に達していた。遅かれ早かれ、善心滙は資金が回らなくなって崩壊する定めだったが、可哀想なのは虎の子の資金を騙し取られた会員たちである。彼らは善心滙と張天明を信じ、長沙市や北京市に集結して張天明以下の善心滙幹部の釈放を要求したが、結果は北京市で67名が拘留されただけで、得た物は何もなかった。
さて、今から18年前の1999年4月5日、吉林省出身の李洪志が創始した宗教的な気功集団「法輪功」の学習者たち1万人が、公安警察による干渉や嫌がらせを止めるよう陳情して、中国共産党や中国政府の重要機関が所在する「中南海」を取り囲む事件が発生した。彼らは静かに座り、気功の練習をしたり、読書して、その日1日を過ごしただけだった。しかし、公安警察が事前に察知することなく、ある日突然1万人もの群衆が中南海を取り囲んだことに、中国指導部は驚愕し恐怖を覚えた。それは1989年6月4日の「天安門事件」発生前に北京市内に溢れた一般大衆によるデモ行進を連想させたし、歴代王朝が政権に不満を持つ庶民の蜂起によって崩壊したことを想起させたのだった。
歴史は繰り返す
それから1カ月半後の7月20日、公安部は全国各地で法輪功の主要幹部を力ずくで連行して拘束した。その2日後の22日には、時の中国共産党総書記“江沢民”が『“関于取締法輪大功研究会的決定(法輪功取締りに関する決定)”』を公表して法輪功の学習者たちに対する弾圧を開始した。当時すでに活動の拠点を中国から米国へ移していた創始者の李洪志は、これを機に米国の永住権を取得して現在も米国に滞在している。また、中国国内にいる法輪功の学習者たちに対する弾圧は今なお継続されている。
上述した善心滙のケースを見ると、公安部が善心滙を「非合法なねずみ講組織」と認定したのが7月21日であり、違法な集会を行って社会秩管理秩序及び公共秩序を乱したとして67人の善心滙会員を拘束したのが7月24日であった。ローマの歴史家、クルチュウス・ルーフスは「歴史は繰り返す」と述べているが、法輪功の悪夢は18年後に善心滙によって繰り返された。しかも、後者の集会参加者は前者の6倍規模の6万人であった。公安部も、まさか6万人もの善心滙会員が首都の北京市へ集結して善心滙幹部の釈放を要求する陳情活動を行うとは思ってもみなかっただろう。このような大規模な抗議集会やデモ行進を許すならば、いつの日にか中国共産党政権にとって由々しき事態が勃発する可能性を否定できない。
7月21日付の公安部通達にあるように、中国では近年来、ねずみ講犯罪が多発している。不法分子はねずみ講を組織し、高収益を餌に手を替え品を替え集客し、無辜の庶民から財産を巻き上げている。ねずみ講犯罪が摘発されるたびに、メディアはそれを大々的に報じてはいるが、安易なカネ儲けを志向する人々の欲望を押し止めるまでには至っていない。善心滙の会員たちが北京市へ出張ってまで幹部たちの釈放を要求したのは、善心滙が存続しなければ、彼らの投資金が泡と消えることを知っていたからである。
善心滙だけでも会員は500万~600万人(公安部の調査では230万人)いるが、その他のねずみ講犯罪の被害者を加えた総数は少なく見積もっても数千万人に上るだろう。彼らが騙されて損をした責任の矛先を党と政府に向けるようなことになれば、それこそが中国にとって最も忌むべきことなのである。
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