しかし、ダムの放水を事前に知らされず、張戦歌の拡声器による呼びかけの声も聞こえなかった大賢村の村民たちは、七里河の氾濫により甚大な被害を被っていた。ダムの放水を事前に知らされていなかった村民たちは、激しい雨音に怯えながらも、洪水が起こるとは思わないから、安心してベッドで眠りに付いていたはずである。さすがに水が住居に侵入して水位が1mを超えた午前3時頃には、誰もが目を覚まし、七里河の氾濫による洪水と判断して、いかに避難するかを考えただろう。午前5時頃に水位が胸の高さまで来た時には死を覚悟したかもしれないが、大多数の村民は自宅の屋根に上るとか、少しでも高い場所に避難することで、まんじりともせずに一夜を過ごしたのだった。

「死傷者は出ていない」の嘘

 七里河の洪水に襲われた大賢村では、明確な数字はないものの、多数の死者および行方不明者が発生していることは、洪水の規模から考えて誰の目にも明らかだった。ネット上には、「ダムの放水が行われることを事前に的確な通知がなされなかったために、邢台市の東汪鎮、“景家屯”、“河会”などの村では村民に多数の死傷者が発生しており、その多くは児童である」との書き込みが行われた。そうした現実があるにもかかわらず、7月20日正午に“河北電視台(河北テレビ)”の「経済・生活チャンネル」が大賢村の被災現場から実況中継を行った際に、記者のインタビューを受けた邢台市経済開発区“党工作委員会”副書記の“王清飛”は、「今回の洪水の救援や避難場所への移動活動は継続されているが、現在までのところ死傷者は出ていない」と述べたのだった。

 この時すでに、邢台市政府は今回の洪水による邢台市内の死者および行方不明者はそれぞれ25人と13人であるとの中間発表をしており、その中でも被害が最も大きかったのは大賢村であった。しかも、大賢村で大水にさらわれて溺れ死んだ村民は数百人に上り、その中には多数の老人や子供が含まれていた。従い、王清飛がテレビのインタビューを受けて「死傷者は出ていない」などというデタラメな発言をしたことに対して村民たちは激しく憤り、反発したのだった。

 日時が20日なのか翌21日なのか定かではないが、王清飛が大賢村の被災状況を視察していると、王清飛を見かけた多数の村民たちが王清飛を取り囲み、3人の老婦人が悲しみに打ちひしがれた様子で王清飛の前に座り込んで行く手を阻んだ。村民たちの気迫に押された王清飛は、やむなく老婦人たちの前にひざまずき、彼らの手を取って慰めの言葉をかけた。すると、群衆の中から誰かが大声で王清飛に向けて「我々の村で何人が死んだか、お前は知っているのか」と怒りに満ちた言葉を投げかけたが、王清飛はひたすらうなずくだけで、まともに相手をせず、質問に答えることもなかった。