さて、中国では30年前には1100万頭のロバが飼われていて、世界最大のロバ飼育地であった。当時、農村では至る所でロバを見かけたし、多くの農民がロバを運送や農作業の手段として活用していた。農民にとって貴重な働き手であるロバは家族の一員と見なされていた。しかし、農村に各種の農業機械が導入され、“農用車(トラクターをトラック風に改造したもの)”や自動車が普及するようになると、ロバは徐々に無用の長物となった。中国の“国家畜牧統計年鑑”には、「我が国のロバ飼育数は1990年代には1100万頭だったが、その数は減少の一途をたどり、今では600万頭にまで落ち込んでいるばかりか、毎年約30万頭ずつ減少している」と記されている。

ロバ皮から作る生薬欲しさに

 中国国内でロバの数が減少を続けている最大の要因は、“阿膠(あきょう)”需要の急上昇にある。“阿膠”は“驢皮膠(ろひきょう)”とも呼ばれる生薬で、その名の通り“驢皮(ロバ皮)”を原料とする伝統薬である。“阿膠”その物は3000年の歴史を持つと言われ、北宋の“開宝二年(969年)”にはすでに生産工場が出現したと史書に記載がある。清朝の“咸豊年間(1851~1861年)”に皇帝(咸豊帝)の寵姫“蘭貴人”が“血症(血の巡りが悪いことによる各種症状)”による習慣性流産で苦しんだが、妙薬の“阿膠”を服用したところ、血症が治り、男児を産むことができた。この男児が後の“同治帝”(在位:1862~1874年)であり、その生母こそが後に“西太后”と呼ばれて絶大な権力を振るった“懿貴妃”(「蘭」から「懿(い)」に呼び名を変えた)であった。

 蘭貴人が服用することで血症を治癒し、子供を無事に出産できたことから分かるように、“阿膠”は生理不順や生理痛など各種婦人病、便秘や骨粗鬆症などの諸症状の改善に効力を発揮する万能薬と考えられている。また、新陳代謝を良くすることから、美白や肌荒れなどの美容効果もあるとされる。蘭貴人の時代には阿膠は極めて高価な生薬で、一般庶民には高値の花の存在だったが、今日では生産量も大幅に拡大して価格は下がり、庶民でも背伸びすれば購入可能な物となった。一方、高度成長によって多数の富裕層が生まれたことで、美容や健康に関心を持つ女性が多くなり、彼らが“阿膠”を大量に購入する時代が出現したのである。

 中国全土には“阿膠”の生産企業が100社以上あり、“阿膠”の年間生産量は5000トンに上っている。山東省“東阿県”に所在する“東阿阿膠股份有限公司”(以下「東阿阿膠」)と“山東福膠集団”が最大手で、その他の小規模生産企業は各地に点在する。ここ数年、人々の健康と美容に対する関心が高まる中で、“補血(中国医学で「血液の力を補う」意味)”関連薬品の需要が増大している。その中でも“阿膠”の消費人口は急拡大しており、“阿膠”業界は2015~2020年には毎年15%前後の需要拡大を見込んでいる。この需要拡大に対応しようと、最大手の一つである東阿阿膠は、高品質な“阿膠”の生産を保証するため、2012年9月に4.5億元(約72億円)を投じて全国初となる1万頭規模の“黒毛驢繁育中心(黒ロバ繁殖センター)”の建設に着手しており、2017年内の完成を予定している。

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