冤罪で奪われた時間はあまりにも長かった

 江西省“吉安市”に属する“遂川県”は、人口62万人の小さな県である。1998年10月9日、その遂川県“横嶺郷”の“茂園村”で村民“肖某某”(女性)の息子2人(10歳と11歳)が毒入りの飴を食べて死亡した。彼ら2人は道端に落ちていた毒入りの飴4粒を拾って食べたことにより中毒死したのだった。地元の警察は現場検証を経て、現場を通行し、以前に殺鼠剤を購入したことがあったという理由で、村民“李錦蓮”を容疑者として特定した。翌10日から自宅監視の措置を受けた後、警察へ連行されて取り調べを受けた李錦蓮は、“故意殺人罪”の容疑で逮捕された。1950年に茂園村で生まれた李錦蓮は、当時48歳だった。  

 1999年7月、江西省“吉安地区中級人民法院(地方裁判所)”は、被告人の李錦蓮に対して故意殺人罪を認定し、“死刑、緩期2年執行、剥奪政治権利終身(2年の執行猶予付き死刑、政治的権利の終身剥奪)”の判決を下した。当該判決文の概要は以下の通り。

【1】被告人の李錦蓮は同村の肖某某と長年にわたって“両性関係(男女関係)”にあったが、1994年に2人の関係は肖某某の義弟(夫の弟)である“李錦統”に知られることとなった。1998年3月、肖某某は李錦蓮に対して男女関係を絶つことを提案したが、李錦蓮はこれを不満に思っていた。1998年9月26日、李錦蓮の家で飼っていた母豚と犬が何者かに毒殺されたが、それを李錦蓮は李錦統の仕業だと疑っていた。

【2】同年9月27日、李錦蓮は遂川県の“県城(県政府所在地)”にある“羅詩咏”という名の店で“速殺神”という商品名の殺鼠剤(ねずみ殺し)を4袋購入した。また、10月6日には、同じく県城で“桂花奶糖(モクセイミルク飴)”を10粒購入した。10月9日の午前中、李錦蓮は“盤珠郷壇前村”にいる義兄(妻の兄)である“陳某”の家を訪問するべく、一部の殺鼠剤をモクセイミルク飴の中に入れて紙で包み直し、それを赤いプラスチック袋の中に入れ、息子の“李某”(7歳)を連れて陳某の家へ向かった。

【3】当日の午後4時過ぎに、李錦蓮と息子の李某は壇前村から帰途に就き、6時頃に同村の“大屋場三叉路口(大屋場三差路入口)”に差し掛かった。当該三差路は肖某某の家からも遠くない場所にある。李錦蓮は小便をするという名目で息子を三差路入口の路傍に待たせると、肖某某の家の方へ進み、殺鼠剤入りの飴の包み紙が入った赤いプラスチック袋を肖某某の家の近くにある石壁の上に放置してきた。間もなくして、肖某某の2人の息子が石壁の上に置かれている赤いプラスチック袋を発見した。何だろうと赤色の食品プラスチック袋を拾った2人が袋を開けてみると、そこにはモクセイミルク飴の包み紙があったので、喜んだ2人は飴を2つずつ食べた。その後、2人は急に苦しみ出して中毒死した。

 李錦蓮は上記の一審判決を不服として“江西省高級法院(高等裁判所)”(以下「江西高級法院」)に対して上訴したが、江西高級法院は開廷して本件の審理を行うことなく、2000年5月23日に、上訴を棄却し、一審判決を維持するとの判決を下したのだった。その後、李錦蓮とその家族は江西高級法院に対して不服申し立てを行ったが、2002年9月6日に江西高級法院は公文書『(2002)贛刑監字第17号』<注>により棄却を通知して来た。その後も李錦蓮と家族は江西高級法院に対して不服申し立てを繰り返し提起したが、江西高級法院はこれを無視し続けた。
<注>「贛」は江西省の別称。中国の一級行政区(省・自治区・直轄市)は各々漢字1文字で表す別称を持っている。