7月5日に安徽省“民政庁”が発表したところによれば、7月5日午前9時までの統計で、安徽省の累計被災人口は1053万人に上り、死者は29人、直接経済損失は220億元(約3520億円)を上回った。また、湖北省武漢市“防汛指揮部(洪水防止指揮部)”の責任者は、6月30日20時から7月6日10時までの武漢市における豪雨の累積降水量は561mmに達したと述べた。この降水量は、武漢市が気象記録を取り始めて以来最大の週間降水量であった、1998年7月17日から23日までの累積降水量539mmを上回った。

 7月6日12時までの時点で、豪雨により武漢市では12の市街区で75.7万人が被災し、延べ16万7897人が安全な場所に避難し、8万207人が依然として避難場所に留まっていた。農作物の被害は9万7404ヘクタール(ha)に及び、そのうち3万2160ヘクタールは収穫が絶望となった。倒壊家屋は2357戸の5848部屋、重大な損壊家屋は370戸の982部屋、一般的な家屋損壊は130戸の393部屋に及んだ。直接経済損失は23億元(約368億円)で、死者14人、行方不明は1人だった。

 7月11日に中国政府“民政部”が発表した統計によれば、6月末から7月10日までの長江の洪水による被災者は3100万人で、死者164人、行方不明者26人、直接経済損失670億元(約1兆720億円)であった。

最大効能は洪水防止?

 こうした洪水による被災状況を知るにつれ、中国国民が疑問を投げかけたのは“三峡大壩(三峡ダム)”である。三峡ダムは2000億元(約3兆2000億円)もの巨資を投じて建設された、中国が世界に誇る巨大プロジェクトであり、秦の始皇帝が建設した万里の長城に匹敵する壮大な建設事業であるが、建設に当たってのうたい文句は「1万年に一度の大洪水をも防ぎ止めることが可能な三峡ダム」ということではなかったのか。

 2006年5月6日、“中国工程院(The Chinese Academy of Engineering)”の“院士(アカデミー会員)”で、“長江水利委員会”の“総工程士(技師長)”でもある“鄭守仁”は、三峡ダム建設工事完成の記者会見で、「三峡ダムの最大の効能は洪水防止である」と何回も強調して次のように言明したのだった。すなわち、三峡ダムが完成した暁には、その洪水防止能力は百年に一度の大洪水を食い止めるまで引き上げられるが、三峡ダムの洪水防止能力は1000年に一度の洪水防止基準に基づいて設計してあり、たとえ1万年に一度の特大洪水が起こったとしても、三峡ダムは補助的な措置を採ることにより防ぎ止めることができる。

 但し、これは鄭守仁が口から出まかせを言った訳ではなかった。これより3年前の2003年6月1日に国営通信社の“新華社”は、「三峡ダムは“固若金城(守りがこの上もなく堅固)”であり、1万年に一度の洪水を防ぎ止めることができる」と題する文章を発表していた。ところが、上述した鄭守仁の発言から1年後の2007年5月8日に新華社が発表した文章では『三峡ダムは今年以降千年に一度の洪水を防ぐことができる』になり、1万年だったはずの洪水規模が千年に縮小された。さらに、2008年10月21日に新華社が発表した文章では「三峡ダムは百年に一度の特大洪水を防ぎ止めることができる」になり、千年の洪水規模が百年に縮小された。そして、2010年7月20日に“央視網(中央テレビネット)”が報じたのは「三峡ダムの“蓄洪能力(洪水防止のための貯水能力)”には限りがあり、希望の全てをダムに託すな」であった。