6月28日の午前中に邢永瑞の母校である中国政法大学では、2016年の“畢業典礼(卒業式)”が挙行され、2002人の卒業生が参加した。教員代表として壇上に立った“民商経済法学院(民法・商法・経済法学部)”教授の“王涌”は祝辞の中で次のように述べた。

【1】中国政法大学の同窓生の中には、官職もなければ財産もない人がいます。但し、彼らは頑なに法治の理想のために戦い、広く敬愛されています。彼らは“公民”の英雄であり、母校の誇りであり、君たちの模範です。いつか君たちが彼らになれる日が来ると信じます。その時、戦う君たちに母校は注目するだろうし、君たちが冤罪を被ったら、国を挙げて支援に動くでしょう。光り輝く人生において、これに勝る物はありません。

【2】当然ながら、中国政法大学の同窓生の中には、汚濁にまみれた社会と国家機関の中で波や流れに身をまかせ、たちまちのうちに堕落した者もいます。権力を手にして、気ままに濫用し、法律の最低基準を無視して、人権を踏みにじれば、雷洋事件のような悲劇が生まれます。彼らは公民にとって共通の敵であり、母校の恥であり、君たちが相対すべき存在なのです。

 王涌教授は、上記【1】で中国法政大学の卒業生が理想とすべき人間像を述べ、【2】で卒業生が唾棄すべき人間像を述べた。【2】の中で、王涌教授が敢えて雷洋事件に言及したことにより、その矛先が卒業生である邢永瑞を指し示していたことは明白な事実である。この発言は6月28日に行われたものであり、雷洋の検死鑑定意見書が公表されて邢永瑞の逮捕が確認された6月30日よりも2日早かった。これは王涌教授が、検死鑑定意見書の発表を待つことなく、雷洋事件の真相を読み解いていたことを意味するのか。

法治国家への一里塚に至らず

 検死鑑定意見書が公表されたことで、雷洋事件は一つの区切りを迎えた。北京市検察第四分院は「継続して法に基づく調査を行う」と述べてはいるが、事件に関与した警官2人を職務怠慢罪の容疑で逮捕する決定を下したことは、世論に対する最大限の譲歩であり、恐らくこれ以上に譲歩してより重い罪に問うことは難しいと思われる。習近平が“依法治国”を提起して、その推進を働きかけていなければ、過去の類似の事件と同様に、関与した警官が罪に問われることはなかったはずである。但し、習近平は現在までのところ、2014年に失脚した元政治局常務委員で、長年にわたり中国共産党の“政法委員会”書記の地位に君臨していた“周永康”が押さえていた司法・警察分野を掌握できていないようだ。

 先に筆者は、「中国の人々は、この雷洋事件が“依法治国”を推進する契機となり、中国を法治国家にする一里塚となることを期待している」と述べたが、上記の顛末から考えて本事件は一里塚には至らなかったが、その半分の半里塚にはなったと考える。しかし、中国が法治国家になる道程はまだまだ遠いと言わざるを得ない。