5月8日、雷洋が買春容疑で逮捕された末に心臓病で不慮の死を遂げたと中国メディアが一斉に報じると、雷洋の人となりを知る多くの人々が疑問を投げかけた。その急先鋒となったのは雷洋の母校である人民大学の“校友(同窓生)”たちだった。雷洋は2005年に人民大学“環境学院(環境学部)”に入学し、2012年に修士課程を修了していた。彼らは5月11日に1988年入学組の同窓生グループが声明を出したのを皮切りに、1977・1978年入学組、1989年入学組、1990年入学組などの各同窓生グループが声明を出して、雷洋の冤罪を強調すると同時に、公安当局の不当な逮捕と雷洋を死に至らしめた不当な扱いを非難し、習近平が強調する“依法治国(法に照らして国を治める)”の必要性を提起した。彼らはその後も度々声明を出して、事件の早期解決を要望し、中国社会に雷洋事件の重要性を訴え、雷洋事件が他の事件に埋没して忘れ去られるのを防いだ。

うやむやには、させない

 7月6日、人民大学の同窓生でハンドルネーム「@中国劉傑」という人物が、ポータルサイト“新浪網(sina.com)”の“微博(マイクロブログ)”に、人民大学同窓生だけを対象にした「人民大学同窓生雷洋のための募金」を立ち上げた。募金立ち上げの趣旨は、雷洋の家族が経済的理由で公安当局と安易な妥協をしないようにして、雷洋事件の原因究明をうやむやにさせないためであった。すると、この趣旨に賛同して募金に応じた同窓生がわずか1日で1400人近くに上り、その募金総額は43万元(約688万円)に達したのだった。

 ところで、雷洋は湖北省北部の“常徳市”に属する“澧(れい)県”の貧しい農村から厳しい全国統一大学入試を突破して名門大学である人民大学へ入学した秀才だった。一方、事件の主犯として逮捕された東小口派出所副所長の邢永瑞は、甘粛省東部の“白銀市”に属する“会寧県”の貧しい農村から全国統一大学入試を突破して名門の“中国政法大学”に入学した秀才だった。邢永瑞は大学で法律を学び、卒業後は北京市公安局に入り、昌平区分局に配属された。公安局に就職してからは、少ない給与の中から2人の妹の学費を支援し、1人はすでに就職したが、残る1人はいまだに在学中という。また、邢永瑞にも雷洋と同様に妻子があり、雷洋と同様に年老いた両親がいる。

 同じく貧しい農村から刻苦勉励の末に大学入試の狭き門をくぐって名門大学へ入学した2人だったが、雷洋は修士号を取得して環境専門家となり、1児の父となった幸せの絶頂時に命を落とした。これに対して邢永瑞は公安分局の副所長としてさらなる栄達を目指して活躍する中で、何ら罪のない雷洋を逮捕した後に死に至らしめたとして逮捕された。北京市検察第四分院が邢永瑞に科したのは職務怠慢罪であり、雷洋の家族が適用を強く求めた故意傷害致死罪ではなかったが、邢永瑞の公安警官としての人生は前途を固く閉ざされた。