若者たちにすれば、バスケットコートはバスケットを主体とする球技を行うためのものであって、大音量の音楽を流して集団ダンスに興じる広場舞には相応しい場所とは思えない。そればかりか、公共施設であるバスケットコートを毎日夜7時から8時30分までの1時間半も独占し、他者を排除するという身勝手な振る舞いは容認できるものではなかった。そこで、若者たちは老人たちの横暴さを世間に訴えるための動画を撮影する準備を整え、5月31日の夜6時過ぎにバスケットコートに入り、7時に老人たちが来るのを待ち構えていたのだ。

集団で暴走、長年働いて来た自分たちは偉い

 若者たちがネットにアップロードした動画は共感するネットユーザーによって拡散され、世論を沸騰させたことで、王城公園の管理所を突き動かした。管理所はバスケットコートを一時的に閉鎖して使用管理規定の見直しに着手し、6月7日付で改訂版のバスケットコート使用管理規定を発表した。そこには下記の規定が含まれていたため、広場舞の老人たちによるバスケットコートの占領には歯止めが掛けられ、若者たちを悩ませた問題は解決した。

第4条:騒音で人々に迷惑をかけないように、コート内の放送・音響設備は規定に基づき音量を抑制しなければならない。

第6条:施設の目的を保証するため、日中は夜7時30分までバスケットボールとバドミントンだけの使用とし、夜間は“広場健身(=広場舞)”の使用を可とするが、入場は7時30分からとする。

 広場舞は2005年に始められた“創文創衛活動(文明都市・衛生都市建設運動)”および2008年の北京オリンピックに向けた国民健康運動の流れの中で、中国国内で従来から行われていた“集団舞踏(集団ダンス)を基盤として活発化した。長年にわたる労働の末に退職した老婦人たちが、日頃の運動不足を解消しようと住宅団地の広場や公園に自然発生的に集まり音楽に合わせて集団で踊るようになった。彼女たちはテレビのオーディション番組である『“超級女声(スーパーガール)”』(湖南テレビ)や『“星光大道”』(中央テレビ)を見て、そこで優勝して一夜でスターになる人に共感を覚え、2005年に『超級女声』で優勝して歌手になった“李宇春”の歌『我的心裡只有你没有他(私の心には貴方だけで彼はいない)”』に感動して、集団ダンスをする中で自分がスターになったような感覚を楽しむのだ。

 広場で集団ダンスを踊ることが広場舞と命名されると、全国各地で雨後の筍のように次々とダンスグループが誕生して、多くの老婦人が広場舞を楽しむようになり、広場舞はたちまちのうちに全国的な存在となった。広場舞が一般化すると、男性も参加するようになり、広場舞は老人男女が健康増進のために行う運動として認識されて、広場があれば広場舞があるというほどに広く行われるようになった。しかし、広場舞を楽しむ老人たちは時として他人を思いやる気持ちを忘れ、毎夜住宅団地の広場や公園で大音量の音楽を流して、付近の住民や静寂を楽しむ人々と間に軋轢を生むようになった。彼らは受験生を持つ親たちや商店主たちが苦情を言ってもわれ関せずで、聞く耳を持たず、他人の迷惑には目をつぶる。集団で事に当たれば怖い物なしで、長年働いて来た自分たちは偉いのだから、文句をいう奴は許さない。そうした観念が彼らに自然と芽生え、平然と規則や規定を破るようになったのである。