ところで、上述したように一連の盲井殺人事件の被告人74人の多くは雲南省の昭通市塩津県の出身者であったことは、メディアの注目を集めた。速やかに塩津県へ飛んだメディアの記者は驚くべき事実を知ることとなった。中国メディアが報じた塩津県で取材した記事をまとめると下記の通り。

貧困地域の借金の果てに

(1)一連の盲井殺人事件で逮捕された塩津県出身者の40人以上は“廟壩鎮石筍村”の人間で、主犯の艾汪全と王付祥の2人も石筍村の出身であった。艾汪全と同じ艾姓の一族は少なくとも8人含まれていたが、彼らは夫婦や親子、兄弟姉妹で構成されていた。石筍村は廟壩鎮の西北に位置し、世帯数は200軒余りで、常住人口は5300人である。地元の人によれば、今回の事件で逮捕された石筍村出身者は40人以上ということだったが、メディアの記者が不完全な容疑者リストから確認した限りでは35人で13の事件に関与し、そのうちの5人は女性だった。

(2)廟壩鎮は雲南省の“扶貧辦公室(貧困救済事務所)”が認定した貧困地域であり、石筍村はその中で極貧の村落だった。村民たちの娯楽は賭博であり、人々は“馬車”と呼ばれるトランプ賭博にのめり込み、大負けして莫大な負債を抱え込む人が続発した。艾汪全もそのうちの1人で、村人によれば艾汪全が賭博で背負った負債の総額は少なくとも100万元(約1600万円)に達していたという。そうした借金を手っ取り早く返済する方法が盲井殺人であり、負債を抱えた彼らが石筍村をしばらく留守にすると、大金を抱えて戻ってきて、借金を返済した上で、またもや賭博場に入り浸るのが常だった。石筍村を離れていた期間に、彼らは遠く離れた土地で盲井殺人を行い、賠償金を詐取して大金を手にしていたのであった。

 なお、雲南省塩津県と同様に、類似の盲井殺人事件で有名なのは四川省“涼山地区”にある“雷波県”だという。涼山地区も貧困地域であるが、涼山地区雷波県公安局の統計によれば、2009年末までに雷波県出身者が行った盲井殺人事件は合計20件に上り、その発生地点は、福建省、河北省、山東省、浙江省、雲南省、湖北省、四川省などに及んでいる。

 作家の劉慶邦が映画『盲井』の原作となった小説『神木』を書いた頃(2000~2001年頃)には、すでに現実の盲井殺人事件は発生していた。筆者が調べた限りでは、1998年前後に“陳興山”という男を主犯とするグループが、江蘇省“徐州市”にある複数の鉱山に出稼ぎ人を送り込み、5人を殺害して3件の鉱山事故を装い、鉱山主から賠償金として合計15.3万元(約245万円)を騙し取った事件が発生していた。この事件は当時大きく注目されて世間を騒がせたようで、劉慶邦が『神木』を執筆する契機となった可能性がある。

 徐州市の盲井殺人事件が発生した1998年からすでに18年が経過しているが、中国では依然として盲井殺人事件が発生し続けている。その根底にあるものは、全国各地に点在する貧困地区が安易な金儲けを目論む犯罪者を生み出している事実であり、鉱山事故が発生しても監督官庁への報告を避ける無許可鉱山が今なお多数存在することである。世に知られることなく闇に葬られている盲井殺人事件がどれほど発生しているかは知る由もない。