【3】私はついに、自由が米国ではそれほどまでに神聖なものだということが分かったのです。メリーランド大学での日々、私はいつもディスカッションの授業で自分の観点を表明するよう励まされました。私は指導教官の観点に疑問を呈することができ、ネット上では教授たちを採点することまでできました。しかし、私を最も驚かせたのは、メリーランド大学が創作した劇『“Twilight Los Angeles(たそがれのロサンゼルス)”』を観た時に受けたカルチャーショックでした。『たそがれのロサンゼルス』は、Anna Deavere Smithが演出した、1992年のロサンゼルス暴動に関する劇です。黒人のRodney King(ロドニー・キング)を逮捕して暴行を加えたのをビデオに撮られた4人のロサンゼルス警官が、裁判で無罪となったことから、暴動が始まりました。丸6日間、人々は街に群れ、都市は混乱に陥りました。

ここでは自由に発言してよいのだ

【4】『たそがれのロサンゼルス』の中で、学生の演者たちは公然と人種差別主義や性差別、政治問題を論じていました。私は驚きました。私は今までこのような話題を堂々と討論できるとは思っていませんでした。あの劇は私が今まで見たこともない政治的な話であり、観衆に批判的に考えさせるものでした。私はずっとこのような話について語りたい強い願望を持っていました。但し、このような話ができるのは権力部門で、権力部門だけが真実を確定することができるのだと固く信じていました。しかし、メリーランド大学で様々な集団の中に溶け込む機会を得て、私は多くの異なった角度から真実を見ることができるようになりました。それから間もなくして、私はここでは自由に発言してよいのだということを理解したのです。私の発言が重要であり、貴方の発言も重要であり、私たちの発言も重要なのです。

【5】市民参加は政治家だけの任務ではありません。私は、学友たちがワシントンD.C.の通りを行進し、大統領選挙に投票し、各種事業のために募金を行ったのを見ました。私は誰もが参加と変革を支持する権利を持っていることを見て来ました。私は今まで一個人が市民参加しても改革はできないと思っていました。しかし、ここにいる私たちが一致団結すればできないことはありません。手を携えれば、私たちは社会をもっと開放的で平和なものにできます。

【6】2017年度卒業生の皆さん、私たちは批判的な思考を育み、人間性を気遣い、感知する教養教育を取り入れた大学を卒業します。私たちは各種分野の知識を身に付け、社会の挑戦に立ち向かう準備ができています。ある者は大学院へ進み、ある者は職業に就き、ある者は探検の旅を始めるかもしれません。しかし、私たちが何をしようとも、自由と民主主義は与えられるものではないことを忘れないでください。自由と民主主義は勝ち取る価値がある新鮮な空気なのです。自由は酸素であり、自由は激情であり、自由は愛です。フランスの哲学者ジャン・ポール・サルトルがかつて述べたように、自由は一種の選択であり、私たちの未来は今日や明日に私たちが行う選択によって決まるのです。私たちは皆が人生の次章を書く劇作家なのです。一緒に人類の歴史を書こうではありませんか。友人の皆さん、新鮮な空気を享受し、決して放してはなりません。ありがとうございました。