ところで、エイズ感染者でないことが確認されたことで、楊守法は経済的に困窮することになった。エイズ感染者と認定された楊守法は、2人分の“農村低保(農村生活保護)”を支給され、毎月200元(約3400円)を受領していた。これ以外に2013年からは毎月200元のエイズ救済金をまとめて毎年2400元(約4万円)を1回払いで支給されていた。しかし、エイズ感染が誤判定であったことが確認されたことにより、2015年の年末にこれらの支給は停止された。

賠償請求の道は険し

 楊守法は2015年に6000元(約10万円)を費やして新しい三輪車を購入していたが、薬の副作用に蝕まれた体は長時間の労働を許さず、輪タクの稼ぎはせいぜい1日20~30元(約340~510円)にしかならなかった。切羽詰まった楊守法は、鎮平県政府に対して200万元(約3400万円)の賠償請求を提出した。2016年3月、城郊郷政府ビルにおいて、楊守法と姪は鎮平県疾病予防抑制センターとの間で賠償問題の協議を行ったが、センター側が提示したのは10万元(約170万円)にも満たない金額で、交渉は決裂した。5月10日前後に四里庄村の書記が25万元(約425万円)ならどうかと打診し、これでだめなら裁判に訴えろと言って来たが、楊守法は即座に25万元の提案を拒絶した。

 治療薬の服用を停止してから3年が経過し、楊守法の衰えた体はある程度まで回復したが、まだ歩くには杖が必要だし、手はいつも震えている、記憶力は依然として衰えたままである。「あいつらは誤判定で俺の人生を台無しにしておきながら、10~20万元程度のはした金でちゃらにしようとしている」と怒りを露わにしている楊守法は、適正かつ正当な賠償金を獲得すべく、裁判に訴えることを決意している。

 誤判定によりエイズ感染者にされた例は楊守法が初めてではない。2009年に江蘇省“常州市”の工場で長年働いていた“邳州(ひしゅう)市”出身の“呉長棟”もエイズ感染を告知されたことで悩み苦しんだ犠牲者だった。1975年生まれで当時34歳だった呉長棟を悪夢が襲ったのは2009年11月5日だった。この日、仕事が休みだった呉長棟は買い物の途中に献血車を見かけ、生まれて初めて献血を行った。多少は世の中に役立つことをしたと良い気分に浸ったが、その翌日に実家のある邳州市の疾病予防抑制センターから「あなたはエイズに感染している」との電話連絡を受けて奈落の底に突き落とされた。