中国では「エイズ(AIDS)」を“艾滋病(aizibing)”と呼ぶ。12月1日は“世界艾滋病日(世界エイズデー)”であるが、その前日の2015年11月30日に“中国疾病予防控制中心(中国疾病予防抑制センター)”傘下の“性病艾滋病予防控制中心(性病エイズ予防抑制センター)”は中国におけるエイズ流行に関する最新情報を発表した。その概要は以下の通り。

(1)2015年10月末までの時点で、生存しているエイズウイルス(HIV)保菌者とエイズを発症しているエイズ患者の総数は57.5万人、死亡したエイズ患者は17.7万人であった。

(2)2015年1月から10月までに新たに報告された病例は9.7万件であった。これら病例がHIV感染した主たる経路は、性感染、血液感染および母子感染であり、異性性接触感染が66.6%、男性同性性行為感染が27.2%を占めた。男性同性性行為感染の比率は明らかに上昇しており、2015年の全国男性同性愛者のHIV感染率は平均8%に達している。

(3)ここ数年、若者や学生の間でエイズ感染が急速に拡大している。2015年1月から10月までの間に新規に報告された学生のHIV感染者およびエイズ患者の数は2662人に達し、昨年同期に比べ27.8%増大している。

官製統計57.5万人、実数は100万人超か

 上述したように中国の官製統計はHIV保菌者とエイズ患者の総数を57.5万人としているが、専門家の多くはこの数字は少なすぎると疑問を呈し、その実数は100万人以上に達していると考えられている。生存するHIV保菌者とエイズ患者の総数を100万人と仮定すると、2015年末の総人口(13億7500万人)に占める比率は0.07%となり、人口1万人当たり7人のHIV保菌者とエイズ患者が存在することになる。この数字は世界的に見れば決して高い水準ではないが、中国ではエイズに関する正しい知識の普及が十分でないため、人々のエイズに対する差別と偏見は日本以上に激しく、一度HIV保菌者の烙印を押されると社会から疎外されるのが常である。

 河南省南西部に位置する“南陽市”の管轄下にある“鎮平県城郊郷四里庄村”の農民、“楊守法”もHIV保菌者の烙印を押されたことで苦しい日々を送ることを余儀なくされた犠牲者の1人だった。今年(2016年)53歳の楊守法は小学校卒業の学歴しかない。1985年に22歳で結婚した楊守法は、妻との間に3人の子供(一女二男)を得た。彼は農業に従事し、農閑期には工事現場で働いて生計を立てていた。

 2003年に四里庄村は河南省疾病予防抑制センターによってエイズの中度感染村に認定された。このため、同年12月に四里庄村の特定集団に対してHIV感染状況の調査を目的とする採血が行われることになり、楊守法はその調査対象に選定された。この調査は四里庄村の医師である“胡明道”から“健康普査(健康調査)”という名目で調査対象に選定された村人たちに通知されたのだったが、楊守法は12月15日に胡明道の診療所で採血を受けた。

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