2008年6月20日付の四川紙「成都商報」はこの出来事を次のように報じている。

【1】2008年5月12日の午前10時頃、萬興明の妻はトウモロコシと青草に熱湯を加えて混ぜ合わせた飼料、約15kgを自宅の豚小屋で飼育している1匹の体重150kgの大豚に与えたが、これは半日分の飼料だった。午後2時を過ぎた頃、萬興明は自宅の前でインゲン豆の苗の処理作業を行い、彼の妻は自宅付近の山上で草を刈っていた。すると、突然に激しい地鳴りが轟き、地面が揺れ動き、立っていることができなくなった。2~3分後に激しい揺れが収まってから自宅を見て回ると、豚小屋は倒壊し、レンガや木材が一面を覆い尽くしていた。誰もが大豚は豚小屋の下で押しつぶされて死んだものと考えた。

【2】翌13日、妻の弟の嫁が「あんなに良く太った豚が死んだなんて残念だわ。まだ新鮮なうちに、男たちに処理してもらって肉を食べましょう」と言い、大豚を掘り出して肉を食べようとしていたが、丁度その時に安全のための退去命令が出されたので、村民全員が下山して安全な場所へ避難した。5月23日に自宅に戻った萬興明は豚小屋の廃墟周辺を見回ったが、何も変わったところはなく、そのうちに死んだ大豚の事は忘れてしまった。

【3】6月17日の午後2時頃、成都軍区空軍所属の某飛行学院の学生たち十数名からなる救援隊が団山村に到着し、村民たちを助けて地震による廃墟の片づけを行った。萬興明はすでに自宅内部の片づけを終えていたので、豚小屋の廃墟を片付けて、レンガや木材を庭の片隅に集めておいてくれるよう依頼した。この時、萬興明は「廃墟の下には豚が圧死しているから、すでに腐敗しているかもしれない」と一言付け加えた。これを聞いた隊員たちは緊張して、「何でそれを早く言わないんだ。36日も経っているから、どれほど腐敗しているか分からない。万一にも豚の死骸から伝染病が発生したら一大事だ。早く掘り出して消毒しなくては」と言い、隊員たちはマスクを装着して豚小屋の廃墟を掘り始めた。

僅かな隙間で、木炭を食べて

【4】隊員たちは廃墟を掘り進めたが、腐敗臭はどこからも上ってこなかった。奇妙なこともあるものだと思いつつ、さらに掘り進めたところ、一枚の木の板に突き当たった。隊員の1人がその板を取り除いた時、立ち合っていた萬興明が「俺の大豚がまだ生きてた」と大声を上げた。それが地震発生から36日目にして発見された「生存豚」の発見だった。豚小屋はレンガ造りの二層構造で、上層には木造の屋根裏部屋があり、多数の木の板や木炭が蓄えられていた。小屋が倒壊し、片側の壁も倒れたので、無数のレンガが屋根裏部屋の床に落下し、その重さで押し下げられた床は地面から50cmの隙間を残した位置で留まった。大豚は体高が1m以上もあったから、50cmの隙間では立つことも動くこともできず、ただうずくまっているしかなかったはずである。

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