こうして事件は表面的に終わりを告げたが、事件の根は深い。その理由は以下の通り。

義侠心の復活は至難の業

【1】犯人の男が売春ビラを配るのを仕事としていたのならば、連日のように和頤ホテルに通っていたはずで、第一発見者となったボーイと顔なじみだった可能性がある。だからこそ、ボーイは、犯人の暴力行為を止めようとせず、「ここでけんかしないでください。こんなことはいけません」と犯人に呼びかけたものと考えられる。ボーイは“彎彎_2016”と犯人の2人が痴話げんかしているとは思っていなかった可能性が高い。

【2】それよりも、犯人が和頤ホテルの客室階へ自由に出入りできたのならば、彼は客室階へ上るマスターキーを持っていたことになる。恐らく、ホテル内のしかるべき役職にある人物が犯人に便宜を図り、見返りとして客がついた場合にリベートをもらっていた可能性が高い。和頤ホテルは準高級ホテルだから、そんなことはありえないと思うかもしれない。しかし、中国では高級ホテルでさえも売春婦が宿泊していて、館内電話を使って客室に電話をかけ、宿泊客に売春を持ち掛けることがあるくらいだから、客室に売春ビラが配られても決しておかしなことではない。果たして、北京市公安局が本件に関連して和頤ホテルと売春ビラの関係にまで踏み込んだ調査を行うかどうか。4月5日付のメディアは、民間企業である如家酒家集団が、110億元(約1980億円)で国有企業の“北京首旅酒店(集団)股份有限公司(略称:首旅酒店集団)”に合併されて、首旅酒店集団の傘下に入ると報じている。民間企業ならともかく、国有企業となった和頤ホテルの売春問題に北京市公安局が踏み込むことは恐らくないだろう。

【3】上述した事件の経緯を振り返ると、そこに見えてくるのは、人々の他人に対する無関心である。何人もの宿泊客が“彎彎_2016”に対する犯人の暴力行為を目にしながら、阻止しようとせず、無関心を装って通り過ぎた。2011年10月、広東省“佛山市”で2歳の女の子が前後2台の車にひかれて路上に倒れていたが、18人もの通行人が見て見ぬふりで救助せずに通り過ぎ、19人目の老婦人が救助して病院へ搬送したが、女の子は死亡した。また、「中国では老人が倒れていても助けるな」という考え方が一般化し、倒れている老人を見ても誰一人助けようとせずに、死亡する事例が多発している。これは自分の不注意で倒れた老人が、高い医療費を負担できないことから、助けた人に倒されたと主張し、裁判で勝利して医療費を騙し取る事件が多発していることに起因する。

【4】“彎彎_2016”は、今回の事件を踏まえて、こうした風潮に苦言を呈し、他人に無関心を装うことを止めて、困っている人を見たら助けなければならないと述べている。自分がその当事者として苦境に陥った場合を考えれば、誰かに手を差し伸べて欲しいはずではないかと彼女は言っている。かつての中国には「“路見不平,拔刀相助(路上で人の危難を見たら、刀を抜いて助ける)”」という言葉があり、義侠心を起こすという精神が存在していたが、いまでは言葉だけが残って、その精神は全く消え失せた。この精神を復活させることは至難の業だが、それをしない限り、中国社会は個々人がばらばらになり、新たな発展を遂げることはできないのではないだろうか。義侠心が存在しなければ、我々日本人が好きな、三国志や水滸伝に代表される中国古典文学は成立しなかったはずである。