しかし、李沈簡の文章に書かれていた内容は、国家主席の任期制限撤廃を含む憲法修正草案を賛成:2958票、反対:2票、棄権:3票、無効:1票で可決し、習近平が国家主席と中央軍事委員会主席に満票当選したことに異議を唱えるものと見なされる可能性があるものだった。その文章が発表されぬままとなっていれば何事もなく終わっただろうが、3月22日に李沈簡が文章を外部に発表し、その文章を学生たちが元培学院の“微信”公式アカウント「大師直通車」に転載したことで、問題が発生したのだろう。上部機関から李沈簡の文章をネット上から削除するのと同時に、「大師直通車」を閉鎖するよう命じられた北京大学および元培学院はその指示に従った。

 この結果、問題の文章を執筆した李沈簡、元培学院の最高責任者として院長の鄂維南、公式アカウント「大師直通車」の管理責任者である教養担当副院長の張旭東が責任を問われた。これを受けて、李沈簡が辞職を表明し、その後に鄂維南と張旭東が辞職表明を行ったのではないか。但し、これはあくまで筆者の推測であって、実際に確認されたものではない。とにかく、李沈簡が辞職したことは事実のようだが、3月25日にメディアが当事者の1人である張旭東に連絡を取ったところ、張旭東は彼が辞職したとする話を「“一派胡言(全くのでたらめ)”」と切り捨て、自分は依然として副院長であり、明日(3月26日)には鄂院長と共に米国エール大学の副校長の表敬訪問を受けることになっていると述べたという。実際にエール大学副学長が元培学院を訪問した時の記念写真には、ホストとして鄂維南と張旭東の2人は写っていたが、李沈簡の姿はなかった。

犬儒を迫られる国家指導者の“北大人”

 そこで、改めて第13期全国人民代表大会第1回会議で決定した国家指導者のリストを調べてみると、北京大学卒業および在籍の経歴を持つのはわずか4人しかいなかった。具体的には、国務院総理の“李克強”(62歳)、国務院副総理の“胡春華”(54歳)、自然資源部部長の“陸昊”(50歳)、中国人民銀行行長の“易綱”(60歳)の4人である。李沈簡の文章の主旨から考えると、中国政府の中枢にいる李克強と胡春華には、北京大学卒業の“北大人”として背筋をまっすぐ伸ばして犬儒となるのを拒絶してもらいたいところだが、習近平の独裁が強まる中で犬儒にならざるを得ないのが実情だろう。犬儒となることを拒絶して敢えて発言すれば、消滅させられることになるのだから。

 李沈簡のその後の動向は不明だが、中国には少なくとも彼のように、たとえそれが“北大人”に向けたものであったとしても、「犬儒となることを拒絶しよう」と叫び声を上げる人の存在が明らかになったのは朗報と言えるのではないだろうか。