(9)結婚証明の手続き違反とは、2007年10月に陳学生が地元の民生局に結婚申請を行った際、担当した民生局局員の“劉忠輝”(すでに退職)は馬泮艶の年齢が法定年齢<注2>に達していないことを発見し、提出された申請書類を保留とした。ところが、2008年1月25日に劉忠輝は保留としていた申請書類を思い出し、陳学生も馬泮艶も不在で、両者の署名がなく、両者の有効な身分証明書の提示がないにもかかわらず、独断で婚姻手続きを行った。結婚登録はそれから3年後の2011年に承認されたのだが、劉忠輝の行為は『婚姻登記条例』の規定に違反したものだった。2016年8月8日、劉忠輝は“巫山県紀律検査委員会”によって“党内厳重警告処分”を受けたのだった。

<注2>中国の法定結婚年齢は、男22歳、女20歳となっている。

(10)巫山県人民政府の声明に対して馬泮艶は、絶対受け入れることができないとして、「上部機関に対し訴えを継続し、徹底的に戦う」と公言した。2月27日に記者が“巫山県公安局”刑事警察大隊の“胡錦平”に電話を入れて話を聞いたところ、同氏は政府の声明が出されたから事件は終結ということではなく、我々は現在も調査を継続しているが、何分にも古いことなので証拠固めが難しい」と述べた。

(11)なお、この事件が全国に報じられる前に、馬泮艶は巫山県の報道関係者に協力を要請したが、彼はこれを婉曲に断ったという。記者がこの人物にその理由を尋ねると、彼は「当地では12~14歳で結婚するのは普通のことで、それは馬泮艶1人に止まらず、1000人以上に上るはずだ。自分の姉も15歳で結婚したし、中学時代の同級生は30歳の時にすでに15歳の子供がいた。従い、当地の農民の多くは今回のことを事件とは思っていない」と答えた。

徹底的に戦い続ける決意

 上述した馬泮艶の“童養媳”事件はメディアにより全国に報じられて大きな話題となった。陳学生との離婚が認められて、新たな人生を歩み始めた馬泮艶は自分の好きな人と結婚をして子供を産むことを夢見ている。しかし、彼女は自分の幸せだけでなく、自分と同様に“童養媳”として幼くして結婚・出産している人たちをその不幸な境遇から救出するためにも、上部機関に対する訴えを継続して、徹底的に戦う決意を固めているのである。

 “童養媳”はかつて中国全土で普遍的に行われていた。中国を代表する作家“魯迅”(1881~1936年)の小説『祝福』の主人公“祥林嫂(祥林ねえさん)”は“童養媳”であったし、著名な女流作家“冰心”(1900~1999年)の小説『最後的安息』の主人公“翠児”も“童養媳”であった。今なお福建省や重慶市の一部地域で“童養媳”が公然と行われている事実を考えると、急速な経済発展を遂げた中国の陰で生きる貧困な農民たちの存在が見え隠れするように思える。伯父の馬正松も多少なりとも生活に余裕があれば、馬泮珍と馬泮艶の姉妹を“童養媳”として他家へ売り渡すことはなかったのではないだろうか。“童養媳”が中国から消滅する日はいつ来るのか。その日が少しでも早く到来することを期待したい。