「当官発財」「傍大款」を望む

3. 我々は“貪官(汚職役人)”を恨みながら、“当官発財(役人になって金持ちになる)”ことを望んでいる。
 汚職役人と言うと、我々の大多数の人は眉をひそめて大いに憤慨する。確かに、横領した金が多く、職権で私物化した住宅が多く、関係した女性が多かったので“許三多”と呼ばれた“許邁永”や107人もの女性と関係を待ち、公金横領、職権濫用などにより“五毒書記”とあだ名された“張二江”<注2>などの有名な汚職役人が法律や道徳の最低ラインに抵触した時、我々は大いに憤る。しかし、我々の中の大多数は役人になることにあこがれ、公務員試験で食うか食われるかの激しい競争を演じるだけでなく、“当官(役人になる)”ことが“発財(金持ちになる)”ことだと考えている。

<注2>“張二江”の詳細については、2006年9月15日付の本リポート『囲った「愛人」140人以上!最高記録を樹立した汚職役人』参照。

4. 我々は“富二代(金持ちの子女)”を軽蔑しながら、結婚する時には“傍大款(金持ちに嫁ぐ)”ことを願っている。
 目下“富二代”の良くないニュースが絶えない。酒酔い運転のスピード違反、歩行者を跳ね飛ばす、記者を脅す、富をひけらかして富を競う。こうしたことをメディアが一度暴露すると、誰もがこれに憤然とする。但し、我々が彼らをあざけり、軽蔑するのと同時に、一部の地方では「どうやって金持ちに嫁ぐか」といったセミナーが開催されて大いに繁盛している。このように、我々は一方で“富二代”を非難しながら、他方で“傍大款”を夢見ている。

5. 我々は“不正之風(社会正義にもとる風潮)”をあざけりながら、自分が事を始めようとすると、急いでコネを探す。
 「根回しに奔走せず、贈り物を送らねば、地位は動かないが、根回しに奔走し、贈り物を送れば、重要な地位に抜擢される」、「仕事ができるは話ができるにしかず、話ができるは根回しできるにしかず」 これら民間の“順口溜(語呂合わせの早口言葉)”の中から聞こえて来るのは、宮仕えの“不正之風”に対する庶民の無念さと無力感である。但し、我々自身はどうかと言うと、子供に良い学校へ進学させるために、家中の病人に良い治療を受けさせるために、自分を訴訟で勝たせるために、我々が最初に考えることは、往々にしてコネの活用と金で渡りをつけることだが、これらコネを求めて走り回る人は常に“能人(やり手)”と見なされる。

6. 我々は贈り物を受け取る人を心底憎みながら、他人が自分の贈り物を受け取ってくれることを望んでいる。
 “送礼(贈り物を送ること)”は、人が嫌悪する“不正之風”である。およそ贈り物を送る人の動機の大部分は不純であり、“送礼”を通じて指導幹部と気持ちを通じさせることを望み、“送礼”を通じて規則ではできないこと、正規のルートではできないことを成し遂げたいと考える。しかし、“送礼”を嫌悪しながら、それが自分のこととなると、タバコや酒、茶葉などを贈るのは、何回も指導幹部のご機嫌伺いをする中で日常茶飯事となり、贈り物の多さ、価値の高さが重要となり、贈り物の回収業者が発生するのを促す状況を作り出している。大人を別にしても、幼稚園の子供は“教師節(教師の日:毎年9月10日)”に先生へ贈り物をする。それは食品、飲料、商品、商品券、金券など各種多様だが、これは賄賂と言うべきものなのか。もし賄賂だと言うなら、融通が利かず、世情に通じていないと見られる可能性が高いが、賄賂ではないと言うなら、それは何と呼べばよいのだろう。

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