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社会道徳を失わせた文革

 上述した呉偉青は「老人扶助」に関連する事件で最初の自殺者となったのですが、困った人がいれば助けるという中国人が本来持っていた美徳は、いつの間にか失われつつあります。これを老人の側から見ると次のようになります。すなわち、庶民の老人たちは極めて少ない年金で節約しつつ日々の生活を暮らしています。ある日、歩行中に路上で転び、手足や身体を骨折したら、高額な医療費を覚悟しなければなりません。そうなったら生活は破綻したも同然ですが、家族や親戚にカネを無心するのは心苦しいですから、転倒した際には傍にいる人を加害者にして、医療費を負担させれば、家族や親戚に迷惑をかけずに済むのです。加害者にする人は赤の他人だから別に気にする必要もないし、上手く行けば儲けものですから、嘘をつくことに罪悪感は皆無なのです。

 本来ならば、人生の先輩であるはずの老人たちが若者に対して社会道徳を教えるべきですが、“毛沢東”が主導した“文化大革命”(1966~1976年)の時代にまともな教育を受けることなく青春を送った世代は、社会道徳を欠いたまま成人となり、いまでは老人となっています。そうした彼らを手本とする次の世代も社会道徳を欠いたまま成人となり、その連鎖が中国社会から本来中国人が持っていたはずの美徳を喪失させているのです。

 2018年12月14日付の本リポート『中国・高速列車で頻発する指定席の座席占領』で報じた、高速列車内で平然と他人の指定席を占領する人々は、社会道徳の欠如が明白ですが、12月22日には“北京喜劇院”で、当日に上演されるイスラエルの劇をどうしても前方で見たいという若い女性が、自分の指定席が後方であるにもかかわらず、前方の指定席を勝手に占拠するという事件が発生しました。彼女は劇場の職員から占拠した座席から移動するよう要求されても応じようとせず押し問答を続けました。最後には警官によって強制排除されましたが、このために劇の開演は大幅に遅れたのでした。中国では高速列車内の“覇座(座席占領)”は依然として頻発していますが、“覇座”は遂に劇場にまで領域を拡大したのです。