それから半年後の2017年6月5日付の「北京日報」は、「模式口で“大雑院(大きな雑居住宅)”解体」と題する写真入りの記事を掲載した。記事は次のように報じていた。すなわち、石景山区模式口大街の東口にあった“康達”と“陽光暁鴎汽修廠(自動車修理工場)”の“大雑院”が先日解体された。両者合計の解体された建屋面積は3230m2。これらは“金頂街地区”で最後に残されていた“低端業態(低級業態)”の集中する“大雑院”であったが、解体後は緑地として整備される。掲載された写真には瓦礫の山となった“大雑院”跡が写っていた。

商店は軒並み閉店

 8月25日付の“千龍網(ネット)”は「駱駝祥子大街の改造工事が今月始動」と題する記事を報じたが、その概要は以下の通り。なお、“駱駝祥子大街”とは、記者が洒落の積りで『駱駝祥子』に因んで模式口大街に命名したのだろう。

(1)模式口文化財保護区修繕改造工事のテスト改造街区である“南小街段”の工事が完成し、メディアに対するお披露目会が、本日午前中に模式口の“駝鈴(ラクダの首につるす鈴)古道”で挙行された。南小街段は田義墓および模式口大街の南側に位置し、全長170mで、模式口大街と周辺に多数ある文化財保護地区への重要な道路であり、模式口文化財保護修繕改造工事の中で重要な節目となる工事である。

(2)テスト改造街区である南小街段の工事が完成したことにより、今月、老舎の『駱駝祥子』のモデルである模式口大街の修繕改造工事は開始されることになる。石景山区の関係責任者は、「“模式口民族老街”は北京西部の山間部文化発展の中核をなす部分であり、重厚な歴史の記憶を支えるものである。知っての通り、老舎が書いた『駱駝祥子』はこの模式口から出て来たのである」と語り、「修繕改造工事は今月から開始される」と強調した。

 ところで、修繕改造工事が本格化した結果はどうなったのか。12月末に一時帰国した大野君によれば、模式口大街およびその周辺にあった飲食店やスーパーマーケットなどの商店は軒並み閉店を余儀なくされ、営業しているのは野菜や肉類などの食品と雑貨を扱う小さな商店と修繕改造工事に従事する労働者を相手にする“饅頭(中国式蒸しパン)”の店だけだという。模式口大街およびその周辺にあった商店には、石景山区政府の役人が出向き、違法建築、無許可営業、衛生法違反、消防法違反などの各種名目で営業停止を命じて、強制的に店舗を閉鎖、封印したという。これら店舗の経営者や従業員のほとんどは、北京市の戸籍を持たない“外省人(他の省の人)”で、北京市へ出稼ぎに来た人たちだった。