なにやら胸騒ぎがしたので今回はあまり飲まないようにし、慎重に話を進めた。こちらの主張は明かさず、「AIについて色々な意見がありますよね」と水を向けるやり方で会話を続けた。すると「自分で自分を改良でき、万事に対応できるように成長していく汎用AIが将来実現される」と彼が期待していることが分かった。

 この方は大学でコンピュータサイエンスを学んだエンジニアであり、米国のMBA(経営学修士)をとり、複数の外資系IT企業の日本法人責任者を歴任してこられた経営者でもある。また失礼な物言いになるが、頭脳明晰、英語堪能、ちゃんとした人である。

 彼が話題に出した汎用AIは「強いAI」とも呼ばれる。筆者の理解では強いAIも錬金術や永久機関と同じで実現できない。実現できると主張する人が時折出てくる点も錬金術や永久機関に似ている。

 富士通はさておき、筆者が敬意を払っている経営者、しかも理系の人が2人もシンギュラリティや強いAIの実現へ期待を表明した。間違っているのは自分ではないかと再考してみたが考えは変わらない。永久機関と同じで不可能は可能にならない。

 なぜ、彼らはシンギュラリティを信じたり、期待したりするのだろうか。

 以下ではシンギュラリティの定義を確認し、実現できない理由を述べ、その上で本稿の題名に付けた『“シンギュラリティ信奉者”の翻意が難しい訳』を考えてみたい。

特異点とは「強いAIと人間の合体時期」

 定義については日経コンピュータ1月4日号の拙文の記述を以下に転載する。

 AIに関連したシンギュラリティを説く論者の代表は発明家のレイ・カーツワイル氏であろう。同氏の著作『ポストヒューマン誕生 コンピュータが人類の知性を超えるとき』(NHK出版)の原題はずばり、“The Singularity is near”(シンギュラリティは近い)である。

 同書によるとシンギュラリティとは非生物的知能、いわゆる「強いAI」が人間の知能を圧倒的に上回り、それによって「人間の能力が根底から覆り変容するとき」を指す。その時期をカーツワイル氏は2045年と予測する。

 AIが人間を支配するわけではない。原著の副題には“When humans transcend biology”(人類が生物を超越するとき)とある。2045年に人間は非生物的知能と合体し、「生物を超越はするが人間性を捨てるわけではない」。

 こういう世界が来ると言い切れるのは、脳のメカニズムがまもなくすべて解明でき、脳と同等の機能をコンピュータを使って実現できる、としているからだ。

 ひとたび強いAIをつくり出せればそこに人間の知識や経験を次々にアップロードしていける。「人間のもつ設計技術能力を獲得」できるので、強いAIが「自身の設計(ソースコード)にアクセスし、自身を操作する能力ももつ」。こうして人間の手を離れた強いAIは指数関数的に進化し、森羅万象を把握した万能の非生物的知能へと成長する。

強いAIは実現できない

 情報学を長年研究してきた西垣通東京大学名誉教授の著書『ビッグデータと人工知能 可能性と罠を見極める』(中公新書)によると、AIが人間を超越するというビジョンをシンギュラリティと最初に呼んだのはカーツワイル氏ではない。ただし西垣氏も「今ではカーツワイルの未来予測図のほうが圧倒的な影響力をもっている」と書いているから、カーツワイル氏の定義で話を進めてかまわないだろう。