欧米で生まれた技術を日本に持ち込む際、厄介なのは言葉である。新語が登場した際、日本語に訳すのか、英語のまま取り入れるのか、片仮名で書くのか、あるいは英語表記の頭文字をとった略語を使うのか。
日本語のほうが頭に入りやすいが本来の意味をきちんと伝える訳語を探すのはなかなか難しい。下手をすると間違った意味になってしまう。英語ないし片仮名を使えば翻訳の手間が省けるが分かりにくくなり文が長くなる。といって略語にすると呪文のようだ。
片仮名の新語や略語の乱用が酷いのはIT(情報技術)関連ではないだろうか。次々に新語や略語が登場する。ITの世界は変化が激しいとされており、それは半分正しいが半分正しくない。これまで無かった技術や事象が登場することが確かにある一方、数10年前に流行った言葉を言い換えたり、そのまま使ったりする場合もある。ITの新語と略語を見たら「本当に新しい話なのか」と眉に唾を付けて読む必要がある。
新語と略語が百花繚乱
1月8日の日本経済新聞をめくってみたところ、「テック社会」を論じた社説があり、「人工知能(AI)」「ビッグデータ」「一般データ保護規則(GDPR)」「IT」といった言葉が使われていた。
このうちGDPRはEUの情報保護規制を指す固有名詞だが、それ以外は抽象的な一般名詞であり何を指しているのかは前後の記述によって判断しないといけない。「テック社会」は日経の造語、AI、ビッグデータ、ITも造語だがそれなりに広く使われているという違いがある。昨今の新聞を読むとAIはITより頻繁に登場している気がするが、30年近くコンピュータ関連の記事を書いてきた筆者の記憶によればAIという言葉はITより古くから使われていた。
専門誌になると新語と略語が百花繚乱の状態である。日経コンピュータ誌は1月4日号に特集記事『新春大予測 20の技術が変える未来』を掲載したが、20のうち12件に略語が絡む。列挙してみよう。「RPA」「AI」「LPWA」「VR」「API管理」「PaaSとプライベートクラウド」「農業×IT」「IoTセキュリティ」「DWH用DB」「FinTech」「教育×IT」「IoT型センサーシステム」。
さすがにこれだけではよく分からないので、日経コンピュータ誌は「職場の人手不足が解消(RPA)」「毎週、管理職の送別会(AI)」といったように、各技術の利用がもたらす結果や効果を日本語で記述する工夫をしていた。
新語や略語について判断を誤らない方法
企業の経営者や事業の現場にいるビジネスパーソンは新語や略語あるいは呪文にどこまで付き合えばよいのだろうか。無視できれば楽だが何らかの意思決定を迫られたとき呪文が出てきたら避けて通れない。「眉に唾を付けて読む必要がある」と書いたものの疑うだけでは判断を下せない。
本原稿を「2018年これだけは知っておきたいIT新語・略語10選」といった内容にすればよいのかもしれないが、たかだか10個の言葉を覚えたところであまり意味はない。そこでIT関連のどのような新語や略語に接しても意思決定を誤らないで済む方法を考えてみたので紹介する。
新語や略語を「コンピュータ」に置き換えて読む。これだけだ。新聞や雑誌、Webの記事にAIやデジタル化、IoTと書いてあったら、すべてコンピュータないしコンピュータ利用と読み替える。
AIもデジタル化もIoTもデータを集めてコンピュータで処理し、結果(これもデータである)を出す。したがってコンピュータ利用で注意すべきことを知っておけば、AIやデジタル化、IoTについても適切な意思決定が下せる。
コンピュータ利用で注意すべきことは3点ある。まず、コンピュータ利用の目的を自分で決めること。経営や事業や業務で何をしたいのか、何を変えたいのか、それをはっきりさせないとコンピュータに指示を出せない。
次にデータを準備する。コンピュータに処理させるデータをどこから、どのように持ってくるのか、集めたデータをコンピュータが読める書式にだれがどうやって整理するのか、処理結果をどう分析し、だれにどう渡すのか、といった諸々について検討し、準備をしなければならない。
その上でコンピュータ利用の功罪を忘れないようにする。コンピュータを使うと便利になる一方、人は馬鹿になる。手作業でこなしていた原価計算や設計図面の作成にコンピュータを使うようになると人はそれまで持っていた業務知識を失っていく。ワープロを使っていると漢字を忘れていくが同じことが業務で起きる。
以上の3点はコンピュータが企業で使われ始めた50年ほど前から今日まで、そして将来においてもつきまとう。コンピュータはある面では賢いが人があれこれ世話をしないと動いてくれない。AIがどれほど進化しても目的を考え出すことはできない。目的の候補の提示はできたとしても選ぶのは人である。
AIに学習させるためのデータを選び、集め、処理しやすいようにデータを整えるのも人である。ある業務をAIに任せきりにするとその業務に関する知識が人や組織から失われる。AIがあるからよいではないかとは言えない。状況が変わり業務を見直そうとしたら業務知識のある人が検討しなければならないからだ。
3点に対処するのは人である。企業の中にいる社員が目的を考え、データを用意し、馬鹿になる危険があると頭の片隅に入れつつコンピュータを使っていくしかない。AIでもデジタル化でもIoTでも今後登場する新語・略語についてもすべて同様である。
方法を早速試してみた
1月9日付の日経新聞を見ると1面に「AIと世界」という連載の1回目が掲載されていた。早速、上記の方法を試してみた。
AIと世界の第1回目の本文に「AI」という言葉が11カ所出てくる。すべて「コンピュータ」に置き換えて読んでみたが差しつかえなかった。例えば「コンピュータで製薬会社の経営を変える」「コンピュータの活用こそが突破口」「コンピュータはあらゆる産業のあり方を変える」「データとコンピュータで新たな価値を生む」「期待と恐怖が交差するコンピュータ」といった具合である。
日経記事はデータが重要だと強調していた。「データのうち7割は分析されていなかった」「80億件の契約から得られるデータが最大の強み」といった記載がある。データを取り扱うには人が必要で、記事に登場した企業は「200人のデータサイエンティストを確保」したそうだ。
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