今東光大僧正は「あの女を横付けしたんだ」と言っていた

ミツハシ:露骨だなあ。

シマジ:男女のことは何事もフィフティー・フィフティーだ。彼だって嫌々ながら相談者を自分の家に住まわせたのでなく、喜んでそうしたわけだから、本当は、相談者は後ろめたさを感じる必要なんかないんだよ。さらに言えば、こういうときに男というのは、風のようにいなくなった女を未練たらしく追いかけるのではなく、喪失感を苦笑いに代えて、かわいい子羊は我が牧場で立派に育ち、外の広い世界に旅立っていったんだと無理にでも自分を納得させなければいけない。そして女の旅立ちを祝福しなくてはいけない。

ミツハシ:シマジさんはそうしてきたのかもしれませんが、そこまで達観できる男は滅多にいるものではないでしょうね。

シマジ:難しいかもしれないが、「乗り移り人生相談」の男性読者はそういう爽やかな別れができる男を目指してもらいたい。

 そう言えば、今東光大僧正は女といい仲になると「あの女を横付けしたんだ」と言っていた。船を桟橋に横付けするように「女を横付けする」というのはなかなか洒落た表現だと思わないか。「女を落とす」では直截すぎて情緒がないが、「横付けする」という表現は、船が接岸して乗組員がゆっくりと休息を取るイメージに結びつき、女が安心して男に寄り添っている感じがする。この言葉も「乗り移り」読者は使ってみるといい。

ミツハシ:してみると相談者は、停泊をここらで切り上げ、碇を上げて出航しようとしているわけですね。

シマジ:そういうことだな。相談者の新しい航海には嵐も凪もあるだろうが、きっとあなたをたくましく成長させてくれる。勇気を持って荒海に漕ぎ出してほしいね。

本記事は、 nikkei BPnet から転載したものです