40代を迎えてから、人間らしい暮らしが田舎にあると分かってきた

ミツハシ:確かにそうですね。これはどういう心理なんでしょう。都会で生まれ育った人間に対する何らかの対抗心みたいなものがあるような気はしますが。

シマジ:タイム・ライフ社の創始者であるヘンリー・ルースは「都会育ちの編集者は凡庸である」と言っている。「生まれたときから、周囲に摩天楼が建ち並ぶニューヨーク生まれでは、地べたからもの申すという編集者の優れたセンスが身につかず、ろくな編集者に育たない」というわけだ。これは宣教師の父に連れられ少年時代を中国で過ごしたルースの実感だったんだろうね。

 俺もその気持ちはよく分かる。東京の奥沢で生まれた俺は4歳で一関に移った。そのまま東京で育っていたら、全身編集長にはなっていなかっただろうね。そもそも編集者なんか目指さず、女の尻ばかり追いかけていたんじゃないかな。

ミツハシ:お言葉ですが、どこで育ったかに関わらず、シマジさんは女の尻を追いかけたのではないでしょうか。

シマジ:そうだな、どこで育っても男の尻は追いかけなかっただろうな。

ミツハシ:そういうことが言いたいのではなく……。まあ、いいです。ところで、相談者は「田舎の生活にあまりいい思い出がありません」と言っています。この気持ちもちょっと分かる気がします。田舎特有の閉塞感というか、相互監視というか、親戚やご近所や同級生たちが、お互いの暮らしや言動をよく知っていて逸脱を許さない息苦しさというのはありますからね。

シマジ:特に若い頃はそう感じるだろうな。俺も30歳くらいまではほとんど一関に帰らなかった。東京での生活が忙しすぎ、面白すぎたからね。だが、40代を迎えると、人間らしい暮らしというのは田舎にあるんだと分かってきた。