恐ろしい運命が誰の人生にも待っている可能性がある

ミツハシ:シマジさんお得意のパラダイムの転換ですね。

シマジ:そういうことだ。もちろん、サラリーマンの王道を歩み、出世を極めるという道だっていい。その場合は、同じくツヴァイクの『ジョゼフ・フーシェ』(岩波文庫)を読めばいいだろう。フーシェには政治的理想や信条などはない。あるのは権力欲だけだ。理想の政治を追求するためではなく、権力を掌握するためだけに権力を追い求める執念はある意味、純粋このうえない。秘密警察を作り上げ、あらゆる者をスパイし、冷酷に権謀術数の限りを尽くす。そうして巨万の富を築きながら贅沢はせず、醜い妻を恐れ続ける風采の上がらない男だった。フーシェは権力そのものに壮大なロマンを抱いた男と言えるだろうな。

 フーシェは、皇帝であるナポレオンに対しても、皇后ジョセフィーヌをスパイに仕立て上げ、その秘密を探った。サラリーマンでも、保身と権力掌握のために、社長をはじめ重役連中全員をスパイして弱みを握るくらいのことをしていれば、自分と周囲を比較しようなどと思わないだろう。

ミツハシ:『蘇える金狼』みたいですね。

シマジ:会社を乗っ取るくらいの壮大なロマンを抱いていれば、サラリーマン生活も絶対に退屈しないだろう。

ミツハシ:しないでしょうね。

シマジ:だが、これも覚えておいてほしいが、マゼランの壮大なロマンと栄光に包まれるはずだった航海は、つまらないことが原因でフィリピン住民にメッタ突きにされて終わりを迎えた。他人の秘密を暴き続けたフーシェもその死後、棺を運ぶ馬が暴れてフーシェの遺体は地面に投げ出され、馬に踏みつけられた。まこと人生というのは悪い冗談であり、神様はときとして恐ろしいほど残酷だ。そんな恐ろしい運命が誰の人生にも待っている可能性がある。そう考えれば、他人の不幸を見て安心などしていられないことが分かるはずだ。