すべてのアイデアを可視化する
第14回 「正しい」ブレインストーミング、出来てますか?(その3)
前回までのまとめ…「正しい」ブレインストーミングのルール
前回までの連載で、私たちは米国のIDEO社による「ブレインストーミング7つのルール」のうち、
①価値判断は後回しに
②ワイルドなアイデアを促す
③他人のアイデアの尻馬に乗る
④数を求める
⑤一度に一人が話す
という5つのルールについて学びました。
話が横道にそれると流れを止めてしまう
今回は、7つのルールのうちの残る2つのルールについて学んでブレインストーミングのルールを全てマスターするとともに、実際にブレインストーミングを行う上での注意点についてもお話しします。
⑥テーマに集中する
いくら①から⑤までのブレインストーミングのルールを守っていても、ときには議論が横道にそれてしまうこともあるでしょう。確かに、横道にそれた話から価値あるアイデアや情報がもたらされることもあるかもしれません。しかし多くの場合、話が横道にそれると、ブレインストーミングの生産性を下げ、流れを止めてしまいます。
このため、対象としているテーマにグループの議論を集中させるために、以下のような事態が起きないよう、注意しなくてはいけません。
テーマに集中するためにしてはいけないこと
①議題から議論がそれ、注意散漫である
②雑談する
③その場でアイデアの価値を分析する
④アイデアを選別する
注意が散漫になる状態を最小限にするために、議論中に気になったものや、テーマとは関係ない提案や質問などを記入しておくための、メモ用紙やホワイトボードを用意しておくといいでしょう。そうすれば雑念を頭の外に出し、後で振り返るときまで記録しておくことができます。
また、ファシリテーター(進行役)は、議論が盛り上がらず低調になってきたら、テーマの範囲内で新分野へと話題を変えるべきでしょう。
もし議論が失速したら、短い休憩を取ったり、セッションを次の日に持ち越してもいいでしょう。ブレインストーミングは、繰り返し行うことも可能です。重要なテーマであれば、二回以上実施するのもいいでしょう。
「ワイルドなアイデア」も、テーマの範囲内であるからこそ有益であることを意識しましょう。もっとも、ワイルドなアイデアとテーマからの逸脱とを区別する明確なルールはありません。このため、ファシリテーターは、逸脱かそうでないかの違いをあまり厳格に管理し過ぎるべきではありません。今日、テーマからそれたことが、明日には素晴らしいアイデアへと変貌するかもしれないからです。
何が議論されているのかを全員がわかるように
⑦可視化する
ブレインストーミングにおいては、今、何が議論されているのかを参加者の誰もが分かるようにしておく必要があります。そのための現時点における最適なツールは、ホワイトボード(机の上に置いた白い模造紙でも可)とサインペンとポストイットです。
セッションを通じて出てきたすべてのアイデアを可視化し、メンバーが共有する上で「書記」の果たす役割は重要です。アイデアが沢山出るブレインストーミングでは、書記が二人必要なこともあるでしょう。
ブレインストーミングにおいては、今、何が議論されているのかを参加者の誰もが分かるようにしておく必要がある
アイデアをメンバーが共有するためには、できるだけ少ない単語でアイデアを明確に記述する必要があります。簡単なイラストもコミュニケーションの速度と効率を向上させます。大切なのは、可視化することでアイデアの流量を増やすことです。
出てきたアイデア同士が関連付けられる場合、アイデアを分野ごとに分ける(クラスタリングする)のも有効です。矢印でアイデアが出てきた順番を明示してもいいでしょう。アイデアが活発に出るように、部屋中にポストイットを貼り付けることも有効でしょう。こうすることでメンバーの理解度を深めるのです。
広めのスペースを用意すべし
典型的なブレインストーミングでは、ホワイトボードが数回は埋め尽くされるので、広めのスペースを用意すべきです。四方の壁が床から天井まですべてホワイトボードになっている、ブレインストーミングの「集中訓練」ルームがあれば最も望ましいでしょう。
スタンフォード大学のバイオデザインプログラムにある、壁中がホワイトボードになっている部屋
とは言え、専用に設計された部屋が必須なわけではありません。生産的なブレインストーミングのセッションは、大きな紙とポストイットとサインペンがあればどんな場所でも実施可能です。
ただし、セッションを始める前に、スペースの広さが適切かどうかについてや、ホワイトボード、ポストイット、その他のツールがきちんと機能するかなどについて確認しておく必要があります。もしこれらがきちんと機能しないことがわかれば、セッションを中断し、違うやり方を試した方がいいでしょう。
「dスクール」でもブレストのツールはアナログ
例えばシリコンバレーの中心に位置し、ヒューレット・パッカードやヤフー、グーグルなどを産んだスタンフォード大学にある、学科横断型プログラム「dスクール」──。イノベーティブなアイデアの創出法を教えるこの世界最高峰のデザインスクールで行われるブレインストーミングは、さぞやハイテク機器満載の環境にちがいないと多くの人は想像するでしょう。
しかし、実際に訪れてみるとイノベーティブなアイデアを生み出すブレインストーミングで、コンピュータやタブレット端末はほとんど使われていません。
以下に掲載する写真をご覧いただければお判りの通り、「dスクール」においても、ブレインストーミングに使われるのは、アナログなホワイトボード、大きなメモ帳、ポストイット、サインペンなどです。
スタンフォード大学の「dスクール」でブレインストーミングに使われている道具
このことが示すのは、現時点ではまだ、人間が生み出すアイデアの奔流に自由についていけるほど、デジタルデバイスが成熟していないということでしょう。何でもIT化、デジタル化し、バーチャルな世界で済ませた方が良い結果につながるわけではないようです。
ブレインストーミングのための小技
ブレインストーミングのセッションで生まれた100個以上のアイデアをきちんと記録するのは、アイデアを方向付け、体系化していく上で非常に重要です。
最もシンプルな記録の取り方の一つが、すべてのアイデアに番号を振っておくことです。コンセプトに基づいてアイデアを組み立てるとき、簡単に参照するための工夫です。
小道具の利用も新しい連想を促し洞察を得る上で有効です。ブロックや粘土、ボールやチューブのようなシンプルな小道具は、セッションでの対話のキャッチボールや、実り多いアイデアが出そうな雰囲気を生み出すのに役立ちます。また、小道具はアイデアを立体的に可視化する上でも活用できます。テープやホッチキスやねじりひもなどを使って、急ごしらえのプロトタイプ(試作品)を作ってみるのも有効でしょう。
「dスクール」におけるラピッド・プロトタイピング(スピーディな製品試作)のための素材
試作機をつくり、さらなるアイデアを引き出す
ロールプレイングを実施し、製品の実際の利用シーンをシミュレーションするのもいいでしょう。他のメンバーがあなたの新しいアイデアを理解する上でも、さらに新しいアイデアを他のメンバーから引き出す上でも有効です。
ジェフ・ホーキンスは、今のスマートフォンの先祖とも言える携帯情報端末「パーム」を開発した際、ベニヤ板で本体を、割り箸でスタイラス(携帯情報端末に入力するためのペン状の筆記具)の模型を作り、議事録を取ったり、スケジュールを管理したりする上での使い勝手を、繰り返し繰り返し確かめたそうです。
ジェフ・ホーキンスが1995年につくった、携帯情報端末「パーム」の木製モックアップ
ブレインストーミングの成果はできる限り確実に、可能な限り多く拾い上げて記録に残しておく必要があります。大きな紙、またはポストイットを利用すれば、集めやすいし保存もしやすいです。
ポストイットを集めて保存するときには、空間的な配置も同時に記録しておくといいでしょう。特定のメモがどこに貼られたかを記録しておけば、後々記憶を詳細に呼び起こす際に大いに助けになります。
最近はスマートフォンのカメラも高性能になり、デジタル写真や動画をたくさん撮ってクラウドで共有することも容易になりました。こうした、デジタル機器ならではの利点は、どんどん活用すべきでしょう。
ブレインストーミングを続けて実施するなら、二回目のセッションではホワイトボードなどを一回目のセッション終了時の状態に戻してから始めてもいいでしょう。あるいは、ホワイトボード全体をデジタルカメラで撮影しておいて、二回目のセッションの最初にその写真をプロジェクターで壁やスクリーンに映し、メンバーに見せながらセッションを始めることも有効です。
最近、ソニーが発売したポータブル超短焦点プロジェクター「LSPX-P1」があれば、机の上に前回のイメージを投影し、それに続けてアイデアを出していくといったことも可能になるでしょう。
セッションの成果は、たとえ紙に書き写すといった愚直な手法でしか記録ができなくても、ブレインストーミングが終了したら「すぐに」何かしらの方法で記録を取っておかなくてはなりません。人間の記憶の命は短いのですから。
お知らせ
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