濡れ手で粟の話を断って……

 そうそう、父が戒めた「し」には「私」もあります。ズルいことをして自分だけ得をすればいいなんてことは絶対にいかん、と。

 父は戦時中の物資不足の折、麸を作る機械をすべて供出し、戦後もしばらく麸を作ることができませんでした。その間、こっそり隠しておいた機械で怪しげな麸を作り、大儲けした輩もいましたが……。

 「辛」い時にも「清」く「慎」みながら、父が大事にしたのは、信用です。

 それはお金では買えません。その信用を次へ次へと渡していく。継いだ者は、それを元手に新しい道を「進」む。幸い、信用には相続税はかかりませんし、大事にしていると利子も付きます。

 バブルの頃、取引もない銀行さんが「店の土地を転がせば資産が倍になる」なんて話を持ってこられましたけど、お断りしました。「馬鹿じゃないか」と言われましたが、うちは馬鹿正直に商売をやっておりますので。

 取引が長く続いている信用金庫さんは、父が病に倒れ、私が継いで間もない頃、お金を貸してくれたところです。「担保なしでは話にならん」と軒並み融資を断られる中、当時の支店長さんが事業計画書をしっかりと読んで、若輩の私を信用してくれたのです。

 うちは「麸」っと吹けば飛ぶような商いですが、馬鹿正直にやっていれば、誰かがちゃんと見てくれる。世の中はどんどん変わっていきますが、安易に道を曲げてはいけません。

 濡れ手で粟なんて一時のこと。それよりも、「心」を込めてお麸を作り、それを楽しみにのれんをくぐってくれるお客様の笑顔を大事にする。それに勝ることはありません。(談)