(日経ビジネス2017年4月17日号より転載)

 手前どもは「半兵衛麸」と申しまして、京都の五条大橋の近くでお麸を商っております。私で11代目、創業から数えて328年になります。老舗(しにせ)と呼んでいただくこともありますが、実はこれ、先代が嫌っていた言葉でして。

 店が老いたらしまいや。しにせの「し」が「止」になり「死」にならんように、いつも新たな気持ちで「新店(しんみせ)」にならないかん。「しん」は「進」「清」「慎」「心」……どれも大事。時には「辛」もあるけど、「辛」抱や。父はそんな話をあれこれと、幼い私にしてくれました。

(写真=石田 高志)

 ええか、しゃべることを「言」うと書く。ニンベンを付けると「信」や。しゃべることは「云」うとも書く。ニンベンを付ければ「伝」。人はやるべきことをちゃんとやり、言うべきことをしっかり言ってこそ、伝わり、信じてもらえる。お客様にも、一緒に働いてくれる人たちにも、ちゃんと感謝の気持ちを伝えなさい。

 そうして「信」じ合う「者」が集ってこそ「儲」けになる。もう一度分けて「信」と「者」で信者。「この人の言うこと、やることは間違いない」と相手に信じてもらえてこそ、商売を続けることができるのや。

 父はそんなことを、散歩の途中で地面に木切れで書いたり、釣り堀の水面に竿で書いたりしながら話しました。「紙に書いてくれれば取っておけるのに」と思っておりましたが、不思議なもので80歳を超えた今も、父の姿とともに思い出せます。もし紙に書いてもらっていたら、それで安心してどこかにしまい込み、忘れてしまっていたかもしれません。