所属していた装備局通信課の新貝正勝課長(当時)はまさに、部下にやる気を感じさせ、自発的に発奮させる上司でした。「悔いることがないよう、思ったようにやれ」「やるべきことは、奪ってでもやれ」が大方針。当時、あるべき通信網を技術者として設計することができたのは新貝氏のおかげだと思っています。

 整備を進める過程で、LANの導入に熱心でない部署が省内にあり困った時期がありました。幾度促しても交渉は進まず、「この部署の仕事をすべて我々が引き受けてLANを進める」と訴えることに。気押されたのか、先方は最後は協力に転じました。新貝氏が発奮する環境を整えてくれていたからこそ、強い言葉で交渉することができたのです。

 防衛省・防衛装備庁で働いた38年間で最も力を入れたのは、防衛装備に応用可能な民生技術、デュアルユース技術の重要性について認識を広めることです。このライフワークも、誰に言われたわけでなく、私自身がやりがいを感じて取り組んだ。

 米国は、民生技術を防衛装備品に応用することの重要性を早くから認識していたようですが日本はそうではなかった。しかしこの国は、材料技術など他国に比較して高い技術力を持つ民生分野を多く抱えている。デュアルユース技術を防衛装備に生かすのは適切な政策であり、加えて、日本企業のビジネス拡大につながります。

 自分の仕事に使命感を持ち、自ら動く人間が集まれば組織は強くなる。上司の仕事とは、そんな環境を作ることに尽きると思っています。(談)